エッセイ集 薪ストーブの里から

宮崎学 フォトエッセイ 森の動物日記

森と里と野生動物たちから教わった自然のメッセージ 信州・駒ヶ根在住の動物写真家宮崎学のフォトエッセイです

カラスのお宅拝見

2010/2/28 宮崎 タグ:
| カテゴリー: カラス | comment(0) »

魚のあらをくわえるカラス

カラスは、全国どこにでも棲んでいる野鳥です。
真っ黒で、ダミ声で、いたずら好きで、とにかく多くのヒトに快く思われていない野鳥だと思います。
でも、そんなカラスがボクは好きなんです。
どこが好きかといえば、カラスはとっても「助べえ」だからです。
助べえということは、好奇心が旺盛ということでもあります。
その好奇心でいっつも人間を観察していますから、カラスは人間のそばに棲めるのです。

あるとき、人家の庭にカラスの巣を見つけました。
庭に植わる桐の木にその巣はありました。
まだ、春も早かったので、桐の木は芽吹いていませんでした。
そんな丸裸の木に、直径が50cmもある大きな巣をつくれば、それはよく目立ちます。
しかも、地上6mほどの高さに巣がありますから、空に抜けていて、ボクのような自然に関心のある者にはすぐに見つかってしまいます。

そのカラスの巣をボクは覗いてみたくなりました。
でも、人家の庭ですから、家のヒトの許可をいただかなければなりません。
そこで、ボクはいきなりカラスの巣のある家に飛び込んで許可をもらうことにしました。

「ごめんください、すみませんが庭木にカラスの巣があるので登らせてください」

人家からは年配のおじさんが出てきました。

「はぁー カラスの巣ねぇー どこにあるぅー?」
「いや、おじさんちの庭にある桐の木ですが…」
「なにぃー あの木にカラスの巣があるだとぅー そんなもの見たこともないぞぅー」
「だって、おじさん、ちゃんと巣がありますよ。見たこともなかったのですかぁー」
「ああ、知らないぞぅー いつのまにか巣をつくったのだろう、か?」

おじさんが、知らない間にカラスが巣をつくっているということは、それだけおじさんがすべてに無関心だったからカラスはそのところをちゃんと見抜いて、「ここなら安全」と思って巣をつくったにちがいありません。
そこが、カラスの「助べえ」なところであって、人間をこうしてきっちり観察している証拠なのです。

カラスの巣

木に登ってみれば、卵が4個きれいに並んで巣の中にありました。
卵の周りには、犬の毛がどっさり敷き詰められていました。
そんなボクの木登りを庭で見守ってくれていたおじさんが、

「卵はあるかい、なぁー」
「ありますよ、4個」
「ほう、4個も産んであるんかい、な?」
「おじさん卵を見ますか?」
「うん、見せてくれやぁー」

ボクは卵をそっと手にとって、木の上から庭にいるおじさんに見せてあげました。

「ほう、カラスはそんな色の卵をしとるんかい、な?」

「それに、チャボほどもあるけっこう大きな卵なんだなぁー おらあ 初めてみるにぃー」

おじさんは、庭のカラスの卵に感動しているようすでした。

「ところで、おじさんちには犬飼ってますか?」
「いやぁー 犬は隣にいるが、うちにはいねえ…」
「隣って、あの100mほど離れたお宅のことですか?」
「そうだぁー あの家だ」
「あの家の犬は茶黒のブチですね、たくさん犬の毛がこの巣に入っていますよ」
「ほほぅー 犬の毛なんかも使っているんかいなぁー」
「そうなんですよ、カラスはですねぇー 犬だけでなく、近所に馬がいればその毛を使うし、人間の髪の毛だって巣の材料によく使っています、よぅー」
「へえぇー 驚いたなぁー カラスってそんなにもいろんなところを見ておるとは知らなんだ、なぁー」
「とにかく、おじさんちの庭木にカラスが巣をつくったということは、おじさんがカラスのことを全然知らずにいることを、カラスはちゃんと見届けていたからなんです、よぅー」

カラスのヒナ

とまあ、こうしてボクは初めてのお宅で木に登らせてもらったのですが、カラスのことを少しでも知ることができて、おじさんのほうが嬉しそうにしていました。
現代の人は、自分の庭の自然にさえ無関心になっていますから、カラスもこうして庭に巣をつくるようになったのです。

これが、50年も前の昔なら、カラスは人家の庭になんて巣をつくりませんでした。
村中の子供たちがいろんなところに関心を示して遊んでいましたから、カラスもそんな子供たちの視線が気になって人家付近には巣もつくれなかったからです。
子どもが登れる木などに巣をかけたらたちまち覗かれたり、いたずらされてしまうことでしょう。

現在では、里山の人家をはじめ、都会の並木道やビル街など、いたるところにカラスの巣があるということは、それだけ現代人が身近な動物に目を向けてないということです。その人間をカラスが逆に観察しているからなのです。
そんなカラスの人間観察の心理が分かってボクも嬉しくなります。そうしたカラスの好奇心が、ボクには好きでたまらないのです。

karasu001
(いろいろなカラスの巣 クリックで各大します)

    カラスのお宅拝見

    日本の自然を誰よりもディープに見つめる自然界の報道写真家・宮崎学。彼が30年以上かけて撮りためたカラスの巣を、厳選して一挙公開。北は北海道から、南は九州まで、カラスの巣、巣、巣……。北方四島をバックに、丸の内ビル街をバックに、奈良の古墳をバックに、鹿児島の桜島をバックに、日本全国あらゆる場所に営巣するカラスたちの営みを激写。人間社会の落とし物で巧みに作るカラスの巣を見ていくと、わたしたちが見落としていた「ニッポン」の姿が見えてくる!
    新樹社刊 2,000円(税別)

     

ムジナの正体

2010/1/29 宮崎 タグ: ,
| カテゴリー: タヌキ | comments(7) »


(写真:山の斜面の畑の周囲をぐりるとネットで囲んでいる)

伊那谷のある山村へでかけたときでした。
野菜畑で獣害防止のフェンスを張っているおじいさんがいたので、話しかけてみました。

『動物が出てきているようだけど、何がくるんですかぁ?』
おじいさん 『いやー ムジナがでてきてなぁー 悪さをするんだに』
『ムジナ? それはアナグマですか?』
おじいさん 『アナグマでない ムジナなぁー』
『じゃあ、タヌキですか?』
おじいさん 『いや、タヌキでない ムジナだ』
『それでは マミっていうやつですか?』
おじいさん 『いや、マミじゃなくて ムジナだに』
『じゃあ、ハチですね』
おじいさん 『いんね ムジナなぁー』
『・・・・・・・・・・・・・』

アナグマのことを地方では「マミ」ともいうし「マミダヌキ」というところもあります。
そして、タヌキのことを「ハチ」とも「ハチダヌキ」ともいって、アナグマとタヌキを区別していたりします。
それでいてこれらをムジナと総称しているところもあります。
だから、「ムジナ」といわれると、マミ(アナグマ)のことか、ハチ(タヌキ)のことかまずさぐりを入れるのですが・・・。

『おじいさん、じゃあそのムジナは背中に漢字の八の字模様がありますか?』
おじいさん 『それは、ハチダヌキであって、出てくるのはムジナだに!』

このおじいさんは、どうもタヌキのことを知っているようなのですが、ここまでくるとボクにはさっぱりその正体がつかめなくなってしまいました。
そこで、その「ムジナ」を見たくなり、一晩そっと見張ることにしてみました。
ちょうど月も12日目くらいで満月に近づいているので、夜間はとても明るそうです。
この月の光を利用して夜行性動物の観察ができますから、ボクは車を畑脇に停めてエンジンを切り、双眼鏡とカメラの用意をして待ち伏せてみることにしました。

 

夜の8時ころでしょうか、ちかくの林から二頭の動物が連れ立ってやってきました。
月の光に黒い影がくっきりと見えて、それが小刻みに踊りながらこちらに向かってきます。
その動きは、いつも見慣れているタヌキの動きそのものでした。
ボクにはそれがまちがいなくタヌキだと分かっていましたが、念のためカメラを向けてシャッターを切りました。
二つの影はストロボの強烈な閃光を浴びて立ち止まり、その直後にきびすを変えて、すっとんで逃げていきました。
しかし、ストロボで一瞬明るく照らされたその姿は、やはりまちがいなくタヌキでした。
そのあと、10分ほどして再び出現してきたので同じようにストロボを光らせましたが、今度は平気でした。
座り込んで体を掻くようなしぐさをしたので撮影してみたら、ぶんぶく茶釜のような得体のしれない姿・・・・。ジブリの平成狸合戦ぽんぽこそのものです。
タヌキもこのようにいろんな表情をするので、夜間にしっかり観察できない人には「ムジナ」になってしまうのでしょう。

ここは伊那谷の山村。
身近なところに動物がいても、実際には夜、人は出歩きませんから、しっかりと確かめることもせず噂や想像がいまでも先行してしまっているのでしょう。
ムジナという動物はいないので、タヌキもアナグマもハクビシンまでもが現代でも「ムジナ」になってしまっているのです。
ちょっと注意して待ち伏せして、ライトで照らしてみるだけで、動物を観察することはできるのです。


(写真:タヌキは夫婦愛が強く、いつも二頭で行動していることが多いものです。)
 


(写真:アナグマ。よくタヌキと間違われます。)


(写真:こんな姿を見てむかしの人は「化ける」と思ったのでしょう。ぶんぶく茶釜のようなタヌキ)

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