シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

お祝い薪アート

本連載のイラストを担当している華さんが「還暦のお祝いにマキアートはどうですか?」と言い出したのは僕の誕生日の1ヶ月前、2月中旬のことだった。
コーヒーは大好きだけどマキアートはあまり飲まないし、なんで還暦にマキアート? と頭に「?」マークが浮かんだが、華さんが口にしたマキアートは薪アートだった。

薪を収容している棚に薪を積んでアート作品に仕上げ、それを僕の還暦祝いにしたいという。
じつはその薪アートは妻たちが企んだ還暦祝いのサプライズを隠すためのカモフラージュだったのだが、そのときはそこまで想像できず、「特別なプレゼントをありがとう」と薪アートを素直に受け入れた。
華さんが考えた薪アートは、僕がデビュー作から使用しているシェルパマークだ。

しかし線が細かったり、太かったりして複雑に入り組んでいて、薪で表現するには無理がある。
微妙なラインを描くのに都合がいいサイズの薪を集めるのも難しい。
そこでデザインを変更して、歩く旅を書き続けてきたシェルパ斉藤を象徴する文字である『歩』にすることにした。
文字なら均一の線で仕上げられるから薪を調達する僕としても都合がいい。

タイミングよく何かとお世話になっている近所のAさんが「木を伐ったけど、いる?」と声をかけてくれたので、Aさんが伐り倒した雑木をわが家に軽トラで運び入れ、ヤマザクラなどの細くてまっすぐな枝をスライドソーでカットした。
僕はプレゼントを受け取る側だから作業には参加せず、帰省した次男の南歩と妻が作業を進めた。

『歩』を浮き立たせて見せるためにラインとなる細い枝は長さ45cmに、地の部分はいつもの薪の長さである40cmにカットして割った。
それらをどうやって積んで薪アートを完成させるかは、アーチストである華さんまかせだ。
彼女にとっても初めての試みであり、しっかり下準備をして本邦初であろう薪アートづくりがスタートした。

僕は薪アートには参加しないつもりでいたが(自分がお祝いされるわけだからね)、薪割りはこの時期にしなくてはならない仕事であり、したい仕事でもある。
春が訪れたら毎年そうするように原木をチェーンソーで玉切り、斧で割って、華さんのもとへ運ぶ。
華さんは太い薪と細い枝をバランスよく積み上げていく。
僕は一切口出しせず、華さんが仕上げていく薪アートの変化を楽しんだ。

こうして薪アートが完成。
正面からだとわかりづらいが、斜めから見ると5cm出た突起に陰影がついて『歩』が浮かび上がる。
カフェに来るゲストのほとんどが『歩』に気づくが、たまに「何の模様かわからない」と悩むゲストもいる。
文字ではなく、絵かイラストだと思い込んでいるからだろう。
『歩』であることがわかると「チームシェルパらしい薪アートだ」と褒めてくれる。
おおいに満足いく還暦のお祝いとなった。

生木を割った薪は時間が経つにつれて乾燥していき、ぎっしり積んだはずなのに隙間ができて沈み込んだりする。
薪アートも同様で、きっちりと埋まっていた『歩』も月日とともに隙間が開き、前方に少し崩れつつあったため、隙間に薪や枝を詰めたり、飛び出た枝をハンマーで叩いて元の位置に戻したりした。
そのメンテナンスはプレゼントを受け取った僕の役割である。
薪アートは4年もすれば優れた燃料の薪になる。
薪だから燃やすべきか、アートだから残すべきか、そのとき悩むことになるだろう。

なお、還暦のプレゼントは薪アートだけではなかった。
冒頭で記したように薪アートはカモフラージュで、シンガーソングライターのリピート山中さんが僕のために作った楽曲『行きあたりばっ旅』のCDをサプライズでプレゼントされた。
妻が企画して大阪に暮らす一歩がリピートさんと何度も打ち合わせをして作りあげたオリジナルソングだ。

さらに僕のためにつくった還暦のおせんべいもプレゼントされた。
パッケージのイラストは華さんで、『歩』の文字が僕の顔にもなっている。
そのふたつのプレゼント以外にも誕生日当日は驚きのサプライズが用意されていたが、プライベートな話なので公表はさし控える。
最高の還暦のお祝いになったことはいうまでもない。

ちなみに『行きあたりばっ旅』はリピート山中さんのYouTube
『見えてるラジオ』第51夜にて
1:17:00からエピソードが、1:25:52から楽曲が聴けます。

 
Photo:斉藤政喜
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は2021年7月下旬です。

 

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