宮崎学「森の動物日記」

森と里と野生動物たちから教わった自然のメッセージ 信州・駒ヶ根在住の動物写真家宮崎学のフォトエッセイです

二宮金次郎像と、森に負けつつある国


(Photo:二宮金次郎さんは、薪を背負いながら分厚い本を読む勉強家。ズクショップの庭にもいらっしゃいます)

最近、二宮金次郎像に興味がでてきました。
背中に薪を背負って本を読む、その姿が好きなのです。
昔はどこの小学校の校庭にも二宮金次郎像が立っていて、たくさんの薪を背負っている姿に、小学生当時のボクは「あんなにも集められないなぁ」と思ったものです。

当時の子供たちは、薪を集めることが仕事でした。
近所の山へ出かけては枯れ枝などを集めてきて、風呂を沸かすのです。
火吹き竹も、竹を切って節を破いてキリで穴をあけて自分でつくったものです。
口につけるところの竹の切り小口は、肥後守というナイフでバリをとって使いやすく工夫をしました。
また、小学校では冬になると「だるまストーブ」で教室の暖房をとっていたので、子供たちには焚付当番というものがあって、スギの枯れ落ち葉にボヤといって細い枝を海苔巻きのようにして燃えやすいようにつくり学校へ持っていったものです。
その焚付にもクラスには上手につくって持ち込む生徒から、火を焚いたことのない生徒は焚付にもならないものを持ってくるものだから、みんなで笑い者にしてしまいました。
ボクは家では風呂当番をしていたから焚付を集めるにも、教室のストーブに火をつけるのも得意でした。

このような経験があるから、最近の山野に風倒木が利用されずにあちらこちらにあるのが気になって仕方ありません。
まあ、それも、ボクたちが子供の頃の直後から、生活燃料が石油とプロパンガス、電気へと大変化して、山野の樹木が燃料でなくなってしまったからです。
そして、山野の樹木を利用しなくなって70年もすれば、いまや日本の森は「森林飽和」「森林過多」を迎えて猛烈な勢いで深い森になっています。
70年前にはエンピツくらいの幼木が、いまでは電信柱より太くて大きくなっているのだから日本の森は大きく変わってしまいました。
そうすると、イノシシもシカもサルもカモシカもツキノワグマも、いまでは猛烈に増えてきて農作物を荒らす「獣害」になってきています。
特に、森林を地上から樹上まで立体的に利用できるニホンザルやツキノワグマは確実に増えました。

(Photo:こんな倒木があれば、昔はすぐに薪になりました)

イマドキは、二宮金次郎像のように山野に薪を取りにいく人なんていません。
森林飽和になった森では、立ち枯れたり、風倒木になった樹木ばかりが目立ちます。
昔は、このような樹木は優先的に生活燃料に利用されていましたから、山野に倒れているようなことはありませんでした。
また、林床に繁茂する低層木もすべて燃料として利用しながら、建築材になる樹木は守り育成しながら森づくりをしてきたものです。
それが、今日では森をまったく利用しなくなって日本は「森に負けつつある国」に大変化しました。
こうした視点で森を見ていくと、人間社会の行為と樹木、野生動物まで、自然界はみんなが繋がり合っていることがよくわかります。
森林をただ放置して育てっぱなしでなく、樹木を適宜に伐ることも必要であり、そのバランスのとりかたが大切なのだと思います。


(Photo:風倒木がどんなにたくさんあっても誰も見向きもしません。昔は燃料、お宝でした)

(Photo:土に埋まりかけた朽木には昆虫たちがたくさんいるから、ツキノワグマが虫を食べるためにひっくり返しました)


(Photo:これは朽木の虫をツキノワグマが食べた痕。倒木を放置することで、野生動物の餌を作っていることになります)

(Photo:間伐放置された倒木をまたいで歩くツキノワグマ。虫でもいないか探しているのだろうか)


(Photo:生活燃料として風倒木を使う家庭は極端に少なくなってしまった)


(Photo:マツクイムシ対策の樹木だって、森に放置状態)

(Photo:倒木は、森の小動物たちにはバイパスにも利用される)


(Photo:この二宮金次郎像の背負っている薪は不揃いでごつごつしています。昔はこのような薪でした)

 



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