宮崎学「森の動物日記」

森と里と野生動物たちから教わった自然のメッセージ 信州・駒ヶ根在住の動物写真家宮崎学のフォトエッセイです

奥山を追われてきたツキノワグマ?


(Photo:遊歩道を歩いてきたツキノワグマの親子)

つい先日のことです。
長野県のとある高原にある観光地に、ツキノワグマがひょっこり顔をだしました。
初夏の避暑地。高原が観光客でにぎわう午後2時ころのことです。
クマは、ホテル横の道路を横断して河原に出ようとしたのです。
山からでてきて、歩道のところに立ち止まって左右確認をしているクマを、近くの食堂の息子が15mほどの距離で目撃してしまいました。
父親に知らせようと大きな声を出したところで、クマは道路を渡らずに元きた山に再び逃げていったそうな。

ちょうどその日は、行方不明者の捜索もあってヘリコプターが低空で飛んでいたときでした。
クマは、このヘリコプターの爆音に驚いて森のなかを逃げまどっていた可能性があります。
森の上空を執拗にヘリコプターが飛ぶものだから、クマは堪らずに河原を渡って対岸の山に避難しようと思ったのでしょう。
そこを食堂の息子に見つかり大声を出されたものだから、しかたなくまた元の森へ逃げ帰ったということなのです。

その森には、数頭のツキノワグマが生息していることは高原に暮らしている自然好きな仲間たちはみんな知っていることです。
だけど、そのことは誰も公にはしていません。
森はクマの棲みかなのだからクマがいて当たり前と思っている連中ばかりなので、騒ぎ立てることもしないのです。


(Photo:杉の人工林のなかを歩いてきたツキノワグマ)

「あの森には2~3頭のクマがいるなぁー
クルミの木に登ったり、アリを食ったあともあるし、糞だって大小のものがいくつか落ちている。
だっけど、オレたちが森に入っても、向こうからひっそりと人間を観察して巧みに気配を殺して歩いているからちっとも出会えない、さ。
オラ、いちどクマに会いたいと思っているんけれど、クマなんてなかなか見れるもんじゃあ、ねぇーぞ」

そういって、食堂の親父は息子が先にクマに出会ってしまったことを悔しがっていました。
そのくらいツキノワグマはふつうに近所には生息しているのだけれど、簡単には出会えないのがこれまたクマの生態でもあります。
このように、森の近所に何十年も暮らしている人たちには、きのこ採りや山菜とり、ハチの巣探しでいつも森に入っているので、ツキノワグマの存在は十分に知りえているのです。
このため、ニュースなどでツキノワグマが出没したといって騒ぎ立てていることに対して、みんなが覚めているのも確かです。


(Photo:ケヤキの木のもとで一休みする若いクマ)

「オラたちが、こんなに森に入っていても、クマなんてめったにみれないのに。
全国であちらこちらにツキノワグマが出没するようになったのは、クマが確実に増えているからじゃよ。
でなければ、素人にそんなにクマなんて見つかるもんじゃあない、さ。
森の歩きかたを知っている者は、クマとのニアミスも避けているからクマと遭遇しないようにもしているものだ。
ましてや、森にクマはいるもんだで、たとえ出会っても役所や警察に報告なんてしねえ、よ」

さきほどの食堂のおやじが、再びこのような意見を言ってくれました。
だから、食堂の息子が見たクマも仲間内だけの話題になってことなきを得たのです。
これが、もし観光客にでも目撃されていれば大騒ぎになり、たちまちパトカーによって道路封鎖がされ、クマも射殺ということになった可能性があるからです。


(Photo:肉づきよく、丸々と太っているクマのお尻は頼もしい)

ニュースでツキノワグマと人間との不幸な遭遇事故が報道されると必ず起こる議論があります。
「危険だから駆除するのは仕方がない」
「絶滅寸前のツキノワグマを殺すなんて!」・・・・・・・・・・・・・・・・
「山の親父」と呼ばれ古くから日本人と共存してきたツキノワグマですが、はたしてツキノワグマは減っているのでしょうか?それとも増えているのでしょうか?

観光客は、山の豊かな自然を求めてやってきているのに、そこに「奥山にいるはずのツキノワグマが降りてきてはいけない」「クマの餌が不足しているせいだ」と思う人も少なくありません。
でもボクは、ツキノワグマは奥山を追われてきたのではなく、確実に増えてきていることは確かだと思っています。

これにはいろんな原因がありますが、一つは、私たち現代人の生活するためのライフエネルギーが電気、ガス、石油となってしまって半世紀。
これだけの時間、日本人は山林に手をつけて放置し放題にしてきたから、イマドキの森はほんとうにツキノワグマの餌だらけとなって豊かなのです。
このような豊かな森林が、いまや日本全国にひろがっていますから、ツキノワグマの生息に適した環境ができあがっていること気づかなければいけません。
事実をきちんと知った上で、私たちがどうやってつきあって行くのかを考えなければいけない時代になっていると思います。
 


(Photo:上が40年前の森林伐採地現場。下は今日の姿。同じ場所とは思えないほど森は変化しています)


(Photo:クルミの木の下に落ちていたクマの糞には、たくさんの木の実が詰まっています)


(Photo:身体にたくさんの「ひっつき虫」(人や動物にくっついて遠くまでタネをはこんでもらう,植物)をつけて、クリを食べにきたクマ)


(Photo:春の森に点在する山桜。山桜のタネは、さくらんぼを食べたクマが、フンと言う形で種まきをしています)


(Photo:クマの食べる木の実とそのフンが豊かな森作りをしていることに、本人たちは気がついているでしょうか)


(Photo:豊かな自然環境には、クマもマムシもスズメバチもみんなセットになっているものなのです)

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