宮崎学「森の動物日記」

森と里と野生動物たちから教わった自然のメッセージ 信州・駒ヶ根在住の動物写真家宮崎学のフォトエッセイです

おかえりノウサギ


(Photo:けもの道を走るノウサギ。ノウサギの後足はカンガルーのように大きいから、走って逃げることが最大の武器であろう。)

1970年代。
ボクは中央アルプスの山麓に無人撮影ロボットカメラをしかけ、森の中に続くけもの道にどんな動物が通っているのかを記録していました。
知られざる日本の野生動物の素の姿が映し出され、どんな山には動物がどれほど生息しているのかということも、カメラは淡々と写し続けてくれました。

そして1980年代はじめまで、中央アルプスにはノウサギは確かにたくさん生息していました。
ボクが無人撮影ロボットカメラをいろんな場所に設置しておけば、とにかくノウサギはどこでも写されたからです。
そのノウサギがその後急激に姿を見せなくなりました。
けもの道のカメラにも、糞も足跡も、食痕も目撃できない年が20年ちかくも続きました。
このまま絶滅することはないと思いましたが、そのうちいつかは必ず復活してくるだろうと信じていました。
その時期がいつかはわかりませんが、そのときをボクは楽しみにしていました。

ところが、5~6年ほど前から、雪の上にノウサギの足跡がほんの少しみられる地域がでてきました。
しかし、これとて定着せずに翌年にはみられなくなったりするのです。
とにかく、ノウサギの出現は一進一退をくりかえしているようでしたが、ひょっとしたらこれは「復活」の兆しではないか、とボクは思っていました。

このため、無人撮影ロボットカメラも、根気よくあちらこちらに仕掛けて、ノウサギを見張っていました。
それも、同じ地域を2年、3年と時間をかけて丁寧に見守り続けてきたのです。


(Photo:けもの道に復活をはじめてきたこのノウサギは、まだ若いので身体も小さい。)

そのロボットカメラに、実は昨年(2011年)からノウサギがちらほらと写りはじめるようになりました。
といっても、一年間に1~2回だけでしたので、以前に比べればほんとうに少ないものです。

ところが、今年になって、ノウサギが少なくとも3個体記録されました。
写されたノウサギの体の特徴を探れば、まちがいなくすべての個体がちがっているのです。
この現実をみて、もはやこれは「復活宣言」を出してもいいだろう、とボクは思うようになりました。
今後も無人撮影ロボットカメラで引き続き追い続けていくつもりです。
ですから、往時のノウサギの数に戻るのか、数が少なくてもこのまま安定型を保っていくのか、そこを楽しみにしているところです。


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(Photo:2か月間に3頭のノウサギが「けもの道」を通過したが、顔や斑点模様のちがいからそれぞれに別個体なのがよくわかる。)

このように、ノウサギが復活してくるのには、約30年がかかりました。
この30年は長いのか短いのかよくわかりませんが、今日のシカの繁栄やツキノワグマの増加ぶりを目撃すれば、自然変化に30年くらいの周期というものがあってもおかしくないと思います。
これは、山野の樹木の成長や密度にも大きく関係しているのですが、動物を語る前に、樹木たちの成長時間にまずは目を向けなければいけないと思うから、です。

いまから半世紀ほど前には、中央アルプスの山全体で、森の皆伐(かいばつ=広大な面積に渡り伐採をすること)がありました。
そのあと、伐採された跡地にはカラマツなどが植林されましたが、大きな木がすべてなくなったことで、土の中に眠っていたいろんな植物の種が一斉に生えてきて、新しい森づくりのスタートを切りました。
そうすると、森には幼い樹木たちがびっしり密生して、ノウサギは餌があっても身動きがとれない状態になってしまいました。
そしてノウサギにとっては棲みにくい森になり、減少への道をたどったのです。

そんな山野ですが、半世紀もたてば樹木は40メートルにも成長し、林床部にも隙間ができてきます。
こうなれば、ノウサギも行動できるようになるので、少しずつ復活してきても不思議ではないでしょう。
こうして、自然は大きな時間の流れのスパンのなかで樹木や植物同志の競争があり、動物たちもそこに生かされていると思っていいでしょう。
樹木の寿命と生物の寿命の時間軸はぜんぜん違っていますから、その辺の時間差を私たちは知る必要がありそう、です。
ですから、この先30年間を見届けたいのですが、ボクの一代では時間が足りそうにありません。
そう考えると、人間だって平均寿命が70数年といわれても、樹木の平均寿命に比べたら小さなものです。
ましては、ノウサギなんて、もっともっと小さなものですから。


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(Photo:こうして一カ所をロボットカメラで見張ると、ノウサギを食う立場にいる強い動物も、食われる立場にある弱い動物も、等しく同じ道を利用していることがよくわかる。)


(Photo:夜間に走って移動していても、耳はちゃんと後方に向けられて音のチェックを怠らない。)

 
(Photo:高速道路の橋脚の下にも、車の轟音が聞こえてくるのにノウサギは出現していた。)


(Photo:生息密度の高い地域によっては、このように交通事故に遭うケースも少なくない。)


(Photo:交通事故で死んだノウサギの首には、大きなダニが食らいついていたからまだそんなに時間がたっていないのだろう。)


(Photo:全国の地域によっては、このような道路標識もあることから、ノウサギの多いところもあるらしい。)


(Photo:昔、人の集落のあった場所も無人になって40年もたてばノウサギの姿も増えてきていることがロボットカメラで確認できた。)



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コメント

  1. 最近、わが家の前の林道をノウサギが走り抜ける姿を見ました。家のすぐ脇で草刈中に仔ウサギが見つかったこともあります。

    伐採された後の杉林がノウサギの再生産を促しているのかもしれません。海岸の松林でも新しく植えられたクロマツの苗をノウサギが食べていると聞きました。

    地域によって植生が異なるのでノウサギの食性も微妙に変化するでしょうが、オポチュニスト植物食であり、糞食をすることが基本のようです。

    伐採跡地にはびこるクズを多く食べているようですね。
    http://criepi.denken.or.jp/result/pub/annual/2004/04kiban7.pdf

    「(嗚呼懐かしき悪ガキ時代)うさぎ美味しい、かの山」(レオン加来匠著、つり人社、2011年)という面白い本を読み終わったので、よろしければ送って差し上げましょうか。

  2. beachmollusc さん

    ノウサギは、山林を伐採すると一時的に確実に増加してきます。
    木を切ると「よろこぶ」動物なんです。
    このことを知ると、伐採も必要で「自然保護」にはそのへんのバランス感覚が大切だと思っています。
    イヌワシやクマタカはノウサギが主食ですから、ノウサギは多いほうが彼らにもいいワケでして、、、。

    面白い本、ぜひ読んでみたいです。

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