宮崎学「森の動物日記」

森と里と野生動物たちから教わった自然のメッセージ 信州・駒ヶ根在住の動物写真家宮崎学のフォトエッセイです

うり坊兄弟の事故

中央アルプス山麓の山の中で、小さなカラオケと居酒屋をやっているアルジから電話がありました。
「gakuさん、いま、イノシシの赤ん坊が川へ落ちているから、見においで…」


(写真:コンクリート水路に落ちてしまったウリ坊の兄弟たち)
 

出かけてみれば、生まれて1ヶ月ほどのウリ坊が3匹、コンクリート水路に落ちてウロウロしていました。
背中にウリのような縞模様のある、かわいらしいイノシシの子供です。
イノシシの子供は母親といるときでも、いっつも元気よくかけっこをしています。兄弟で追っかけあったり、いきなり突然に走り出したりします。そのあとを、兄弟も一緒になって全速力で続きます。
そんな姿は無邪気でとてもかわいいのですが、走りはじめるとブレーキがきかないから、コンクリートの三面張りの河川によく落ちてしまいます。
落ちるときはみんな一緒なので、場合によってはそのまんま全員が水に流されて死亡してしまうこともあります。

今回も、見つけたときは4頭のウリ坊がいたらしいのですが、ボクが駆けつけたときには3頭でした。
想像するには、多分元気よく兄弟で遊んでいるうちにみんないっせいにコンクリート水路に落ちてしまったのでしょう。
水が少ない河川だったから流されずにすみましたが、川底で途方に暮れていました。
こんな時、コンクリ張りでない自然の小川だったら、石とか浅瀬とか、いくらでも登れるとっかかりがありますが、こんな形で三面張りにされていたのでは、なすすべがありません。

近所に、母親の姿も見えないことから、母親は残っていた兄弟の1-2頭を連れてどこかに立ち去ってしまったのでしょう。
だから、川に落ちた兄弟を助けても、母親に出会える保障もありません。
しかし、たとえ小さなイノシシの赤ん坊でも、人間が助けようとうかつに手を出せば思いっきり噛みついてくるから大怪我をしてしまいます。
可哀そうだけれど、ここはちょっと静観するしかないと思っていたら、別の知人がやってきて捕まえようと水路に下りていきました。

それをみて、ウリ坊たちは一斉に下流へ逃げ出し、どんどん下っていってしまいました。。
やがて、水路から登れる土手までたどりついたので、たぶん、そのまま助かったことでしょう。
母親に無事会える保障はありませんが、とにかくウリ坊たちはコンクリート水路から脱出できたのです。
 

今は全国どこでもこのようなコンクリートの水路ができあがっていますので、こういった動物たちの事故は絶えません。
とくに、イノシシはここ30年間ほどで数が劇的に増えてきましたから、それに比例して、このような事故も多くなってきています。
それでも、イノシシは減らずに増え続けていますので、「人間が開発した水路のおかげで動物が絶滅の危機に!」等と叫ぶほどのことはありませんが、人間が落ちたとしても、自然の水路なら助かったかもしれないところで、死亡する危険は増していると思います。

山村の人々にとっては、ひと昔まえまでは、イノシシといえば肉がたいへんなご馳走でした。
「山鯨」とか「ぼたん」といわれて、それはそれは貴重な動物蛋白源として日本人には貴重なものでした。
江戸時代はカモシカなど食べられる山肉のことを「宍(しし)」と総称されいました。
そしてイノシシは肉だけでなく胆のうが「熊の胆(くまのい =貴重な薬)」の代わりとして高値で流通もしていました。
このため、本物の熊の胆と区別するために「宍の胆(ししのい)」と呼んでしまってはバレてしまうので、反対に読んで「胆の宍=イノシシ」と呼ぶようになったのだと言われています。
それが、そのまま現在のイノシシの名前となったワケですが、その胆すらも重宝がる時代ではなくなってしまいました。
今は猟師も高齢化してきましたし、イノシシの肉よりマイルドな牛や豚、鶏など家畜の肉が普通に流通するようになったので、捕獲する数も圧倒的に少なくなってきています。
こうした理由も加わって、いまはイノシシが私たちの周りを闊歩して快進撃をしているのです。


(写真:子供のイノシシにはシマウリのような縞模様があり、ウリ坊と呼ばれます)
 


(若いけれど、精悍なイノシシの成獣)



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