宮崎学「森の動物日記」

森と里と野生動物たちから教わった自然のメッセージ 信州・駒ヶ根在住の動物写真家宮崎学のフォトエッセイです

満月のテン


(Photo:新雪を踏んで深夜静かに現れたテン)

冬になると山の「テン」は、毛皮がふかふかになり全身が美しい黄色になります。
しなやかに動く姿態はスリムで、表情も可愛らしく、動きは敏捷です。
それでいて、なかなか出会うことのできない動物なので、あこがれてしまいます。

そんなテンを厳冬の満月の夜に撮影しようと待ってみました。
中央アルプスの標高1600mほどにある森のはずれの林道に車を停めて、そのなかから静かに待ってみたのです。
昼間、雪の上にテンの足跡を見つけてあったので、ひょっとしたら夜間に現れるのではないかと思いました。
夜間なので、ライトを照らすこともできないから、月明かりを利用してみようと思ったのです。


(Photo:満月のアルプスの夜)

ちょうど、満月でした。
月の明かりに目が慣れると、夜間なのにびっくりするくらい明るいことに驚きました。
しかし、めちゃくちゃに寒いです。
車のなかといえども、エンジンをかけられないのでジンジンと冷えてきます。
車内のガラスはボクの息であっというまに曇っていき、外を見ることもできません。
このため、窓ガラスを10センチくらい開けて、とにかく息を殺しながら寝袋にくるまって雪の斜面に目をこらしました。


(Photo:満月を見ていると厳かな気分になってしまう)

満月の雪面をじっと見ていると、景色はいつも同じようにみえます。
これならテンを見つけるのも楽勝だと、最初は思いました。
しかしじっと月明かりの森を見ていると、ときどき幻影となって、台地のへこみや落ち葉までもが動物のように見えてなりません。
そのたびに、双眼鏡で確認するのですが、錯覚だったことを思い知らされがっかりするのでした。

そんなボクの視界に、やっと、何かが動く気配を感じました。
物音をだしてもいけないので、双眼鏡は使えません。
しかし、満月の明かりといっても、そこはやはり夜なので昼間のようなわけにはいきません。
もどかしい気持ちのまま、雪原に影が動いたようでしたので一応カメラのシャッターを切ってみました。
ストロボが一瞬に閃光して、あたりが真っ白になっただけで動物らしきものは視界には入りませんでした。
それでもと思い、デジタルカメラのモニターを起こしてみたら、そこには真黄色の美しいテンの姿があるではありませんか。
やっぱり、テンは来ていたのです。


(Photo:冬毛のテンは「キテン」ともよばれる)

この一発の閃光でテンはすっとんで逃げてしまいましたが、満月なのにどうしてテンの姿が見えなかったのだろうと不思議に思いました。
しばらく考えていると、月の光と黄色いテンの体色は同系色なので、真白い雪の上ではひょっとしたら保護色になっていて人間の目には見えなかったのではないか、と思いました。
テンは猫くらいなのだから10メートルほどの距離で見えないハズはないのですが、やはりそこは見えなかったのです。
まさに、月のマジックでした。
月光下ではステルス行動がとれるように動物たちの毛皮が光を吸収してしまうのではないか、と思いました。
テンだけでなく、タヌキやキツネまでもが月の魔術のもとでは姿が見えなくなってしまうのです。
このためボクは、それからというもの月光下では動物の姿そのものではなく、「影」を追えばいいことに気づきました。

これも体験しなければ分からないのですが、森の妖精にはこうすれば会えることを覚えました。
テンは、これまで出会うのも撮影するのも極めて難しいと思っていた動物だけに、いちどそのポイントをつかんでしまうとあとは連立方程式を解くようにカンタンにコトが進むものです。
足跡や糞などもすぐにわかるようになりますから、テンの行動を知ることもできます。
ボクはこうして、「森の妖精」のテンをとうとう自分のものにしてしまったのです。


(Photo:テンの足跡)

 


(Photo:冬の森で倒木の上を渡テン。まさに妖精のようにしなやかな肢体が美しい

 


(Photo:テンの糞。ヤマブドウの実です)

 


(Photo:中央アルプス。月光浴の夜)


(Photo:雪穴から顔を出してきたテン)

 



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