宮崎学「森の動物日記」

森と里と野生動物たちから教わった自然のメッセージ 信州・駒ヶ根在住の動物写真家宮崎学のフォトエッセイです

鹿が馬鹿といわれるワケ

信州伊那谷の山間にある知り合いの農家から電話がきました。

「gakuさんねぇー 最近シカが増えて、農作物を荒らしてしまって困るんだよねぇー
ちょっと、現場をみてアドバイスをしてくれない…? 」

さっそく出かけてみると、たしかにニホンジカの足跡や糞がいっぱいです。
ブルーベリーの木を食べてしまったり、ジャガイモまで掘ってしまう始末なのです。

足跡をたどってみれば、シカたちは農家で有機肥料につかっている牛糞に向かっていました。
牛糞はダンプカー数台分の量を、農地の外れに野積みにされていたのです。
その牛糞に向かってたくさんの足跡がついていたので、どうやらシカは牛糞をなめにきているようなのです。
牛糞といえば、牛たちが出した糞尿です。
それをシカが求めているとは、普段の私たち人間の感覚では想像もできないことです。
しかし、野生のニホンジカたちは確実にこの糞尿に集まってきていたのですから、ここには何かがあるとしか思えません。

「シカたちは、牛糞に含まれる塩分やミネラル分を、サプリメントにしているのではないだろうか?」
そう思ったボクは、牛糞に向けて無人撮影カメラを設置してみることを思いつきました。
ボクはその農家さんにお願いをして、数ヶ月間、この牛糞堆肥をカメラで狙わせてもらうことにしたのです。

無人カメラの結果は、夕方から明け方にかけての夜間にシカたちは確かに訪れていました。
しかも、糞尿から滲みだしてくる醤油のような液体を好んで舐めていたのです。
それは、まさかという光景でしたが、シカたちは夢中になっているようすでした。

牛糞堆肥現場からは、糞汁がにじみでている。
(photo:牛糞堆肥現場からは、糞汁がにじみでている。)

「馬鹿」という言葉は、馬と鹿には胆のうがないことから「内蔵の部品がひとつ足らないから」と言われています。
胆のうがないということは、馬も鹿も、それだけ植物だけを食べる動物に特化してきていると思っていいでしょう。
このため、消化の悪い植物を消化させるには、腸内にバクテリアを飼っていて、そのバクテリアの力を借りているともいわれています。
このバクテリアたちのために、シカはなんらかのかたちで塩分やミネラル分が必要なのだと思います。
だから、家畜の糞尿を積極的に舐めにやってくるのかもしれません。

夜間に糞汁を舐めにきた若いニホンジカのオス。
(photo:夜間に糞汁を舐めにきた若いニホンジカのオス。)

これも、若いニホンジカのオスがひっそりとやってきた。
(photo:これも、若いニホンジカのオスがひっそりとやってきた。)

夏には、子連れのシカたちもやってくる。
(photo:夏には、子連れのシカたちもやってくる。)

鹿のこのような行動は、田畑だけにかぎりません。
山村で長い間暮らしてきた人間の廃屋の便所にも、シカたちはやってきています。
また、南アルプスには、数万年も前に粘土層に閉じ込められたと思われる動物たちの死骸がミネラル化している泥があり、鹿たちがそうした泥を舐めにくる場所もあります。
いろんな生物が長い時を越えてリンクしながら生命が息づいていることを再発見できます。
「馬鹿」とは簡単にはいえない、意味の深いところまで知ってしまうと、人間をも含めた生命の不思議さを感じてしまいます。

近年では全国的にシカが激増してきて農業被害を出していますが、有機肥料などの扱いひとつで野生のシカたちに元気を与えている可能性があります。
いわば、人間が生きるために行っている生産活動現場が、知らないところでシカたちを増やしていることを農家にも説明したところです。

南アルプスの泥なめ場についたシカたちの足跡。
(photo:南アルプスの泥なめ場についたシカたちの足跡。)

南アルプスの泥なめ場には、年間を通してシカたちがミネラル補給にやってくる。 (photo:南アルプスの泥なめ場には、年間を通してシカたちがミネラル補給にやってくる。
※写真をクリックすると大きく表示されます。)

この粘土層がシカたちには媚薬となっている。
(photo:この粘土層がシカたちには媚薬となっている。)

シカたちの糞尿が溶け込んだ土をオオマルハナバチが吸うから、昆虫にはシカの糞尿が媚薬となっているにちがいない。
(photo:シカたちの糞尿が溶け込んだ土をオオマルハナバチが吸うから、昆虫にはシカの糞尿が媚薬となっているにちがいない。)

シカたちの糞。
(photo:シカたちの糞。)

オオマルハナバチが列をつくってシカの尿がしみた土を吸う。
(photo:オオマルハナバチが列をつくってシカの尿がしみた土を吸う。)

毎晩入れ替わりにいろんなシカたちが、有機肥料糞汁をもとめてやってくる。 (photo:毎晩入れ替わりにいろんなシカたちが、有機肥料糞汁をもとめてやってくる。
※写真をクリックすると大きく表示されます。)



このWebマガジンはファイヤーサイドが提供しています。

  • ページの先頭へ

コメント

  1. こんばんは。
    人間の女性も、妊娠中は土を食べたくなる人がいるらしいですから
    鹿は当然かもしれないですね?
    ところで、奈良公園の鹿は、増えすぎるということはないのでしょうか?
    人間が管理しているのでしょうか?

    先生、写真のことで質問してもいいでしょうか?
    虫をアップで撮りたいときは
    広角がいいですか? 望遠がいいですか?
    先日、近づくと虫が逃げるので望遠で撮ってみたのですが
    本当は、広角かマクロとかで近寄って撮るのがいいのでしょうか?
    望遠は手ぶれが心配です。

    あ、カメラは去年暮れに
    ペンタックスのk-xのズームキットを買いました。
    なので、写真はまだ始めたばかりです、、、

  2. Meiko  さん

    >ところで、奈良公園の鹿は、増えすぎるということはないのでしょうか?

    奈良公園のことまでは、よく分かりませんが、雄ジカの角を切っているくらいですから、人間が管理をしていると思います。

    >ペンタックスのk-xのズームキット、、

    いい機材を買われましたね。
    虫のアップは、やはりマクロレンズがよろしいかと思います。
    ズームキットのレンズがどのくらい最短距離があるのかわかりませんが、ズームレンズは近寄れない機種が多いことがよくあります。
    このようなときはクローズアップレンズを前玉につけますが、それでも限界がありますので、マクロレンズを1本買われるといいと思います。
    あとは、虫に逃げられないような近づき方など、何回も失敗しながら経験を積まれていくことも撮影技術のひとつとなりますから、頑張ってみてください。

  3. Meiko  さん

    ↑のコメント書いてからキットレンズを調べてみました。

    smc PENTAX-DA L 18-55mmF3.5-5.6AL
    このレンズがついているのでしたら、最短距離が25cmまでいけますので、マクロに近いことができるレンズです。
    あと、さらに近づきたいときには、フィルター径が52mmですので、52mmのクローズアップレンズを一枚かませば、さらに近づくことができますよ。

  4. 宮崎先生
    こんなすぐに、こんなに丁寧なコメントをいただけるなんて思ってもみませんでした。
    すごくすごく、嬉しいです!
    写真家さんのブログは、返信がないのが当たり前くらいに思ってました。

    私のレンズでもどうにかできそうで安心しました。
    新しく何かを買い足す余裕はないもので、、、

    そうですよね、どんどん何枚も撮ることですよね。
    デジカメは失敗を恐れなくていいところが利点でもあるんですから。
    頑張ります。

    一つ、驚くことがありました。
    先生、近々、フクロウのハンディ写真集を出されますよね?
    その出版社とつながりのある会社で働いているものですから
    先日、発行予定の中に先生のお名前を見つけてビックリしました。
    拝見するのが楽しみです!

  5. 宮崎さま

    こんばんは。今夜、偶然このブログに流れ着きました。

    私はよく霧ヶ峰に行くのですが、ビーナスラインの某橋の下で5年くらい前からニホンジカが執拗にコンクリートを舐めまくっている形跡が見られる場所に気づき、不思議に思っていました。

    最初は染み出る水や道路を流れた雨水がコンクリートの橋げたを伝っているので、水でも舐めに来たのかと思っていましたが、
    ・ある一か所に舐めたような跡が集中していること
    ・ほかにも近くに水場がいくつかあること
    などから、なんとなく理由に違和感を持っていたところです。

    橋げたには水に溶けたミネラル分が含まれていて、付着していたかもしれません。
    そういえば、冬は凍結防止に橋の上に塩カルも蒔いたりします。
    消化のためのバクテリアに必要なミネラルを補給、と考えれば納得です。

    橋げたにカメラでもつけたら面白いなあと思いました。

  6. Meiko さん
    返信が遅れてしまってごめんなさい。

    こんどの写真集「フクロウ」に関連する会社にお勤めなんですね。
    ありがとうございます。
    おかげさまで、ふたたび好調のようです「フクロウ」。
    撮影していたころをもういちど再現したい気持ちはありますが、なにしろ撮影となるとかなり大掛かりになりますので、そこまで気力を持ち上げられなくて…
    それだけ、フクロウはいつまでも魅力あふれる野鳥なんです。

  7. shima さん

    いいところを観察されましたね。
    そうした、ちょっとした自然からの「サイン」を気にとめることが自然界を理解していくポイントだと思います。
    実は、コンクリート堰堤などをニホンカモシカも舐めています。
    サルが、石垣のコンクリート灰汁を舐めている現場は撮影したことがありますが、今回ご指摘のような橋げたの写真もぜひ撮影したいと思っているところです。

    塩カルは、この30年間に大型野生動物(イノシシ、シカ、サル、ツキノワグマ)のサプリメントになり、彼らの数を増やしてきていると見ています。
    スパイクタイヤが禁止となり、その直後から大型野生動物が急激に増加傾向にあるからです。

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内