宮崎学「森の動物日記」

森と里と野生動物たちから教わった自然のメッセージ 信州・駒ヶ根在住の動物写真家宮崎学のフォトエッセイです

大雪の試練と恵み


(Photo:2014年2月の大雪で折れた松の枝)

2014年2月に中部地方を襲った大雪災害には、みんなが驚いたことでしょう。
交通マヒや集落の孤立、農業被害なども起こり、自然の猛威にわたしたちの文化的生活はさんざんな目に遭いました。
こうなると、人間は大雪を憎み「もうたくさんだ」と自然現象を憂えるものです。

ところが、ボクは、これも地球があらゆる生物たちへ試練をあたえ、そのあとで恵みにも変えているのだ、と捉えることにしています。

立春を過ぎてからの大雪は、水分を含んでいて重たいものです。
そのような雪は、山野の樹木にべったりと着雪しますから、雪の重さに耐えかねて枝や幹がボキボキ折れることもよくあります。
そうして折れた樹木は、見た目には悲惨で哀れにも感じますが、ボクは生物たちの分譲住宅の基礎工事のはじまりだと見ることにしています。

枝の折られた樹木は、枝や幹が元気で根もしっかりしていれば、そこからさらに樹木の一生時間である百年、二百年、三百年…といった時間枠を生き抜いていくからです。
その長い時間のなかで、折れ口からは腐りが入りやがて樹洞が出来ます。


(Photo:3月の重く湿った雪が降り積もります)

 
(Photo:雪の重みに耐える杉の枝)

このような樹洞ができるまでには、30年~100年といった時間がかかっていくものですが、その樹洞づくりにはシロアリや甲虫たちが建設工事に携わっています。

しかも、これらの昆虫たちには、穴が開き腐った樹木のところだけで繁殖するという習性をもったものもいますから、自然界はまさに無駄がないようにあらゆる生物の出番をプログラムしていることがわかります。

 
(Photo:巣箱の中で子育てをするシジュウカラ。このくらいの小さな穴です)

 こうして、樹洞が出来ていくと、まずはシジュウカラのような小さな野鳥が数年間にわたって使います。


(Photo:樹洞に穴を開け、巣穴を再現したらムササビが入りました)

そのあと、さらに樹洞が大きくなると、ムササビなどが入って数十年間も使ったりします。
そして、その間には樹木も生長し、樹洞がさらに大きくなると、フクロウが入って100年なんてことがあるのです。
このあと、樹木がまだまだ巨大化すればツキノワグマが冬眠穴にして300年なんてこともあるでしょう。

このように、樹木の長い一生枠を考えてみると、生物のほうがはるかに寿命時間が短いので世代交代を繰り返しながら種が連綿とつづく、母なる森の秘密が見えてきます。


(Photo:気に入った穴が見つかると、フクロウは100年くらい棲み続けることがあります)

 
(Photo:同じ「フクロウの巣穴」を、時にはハクビシンも利用していました)

 

まさにこれは森に暮らす生きものたちに、自然が「分譲住宅」を提供しているのだと思えてきます。
その分譲住宅の生産過程には雨水や日照り、たくさんの昆虫たちが関わって気の遠くなるような時間を要してみんなが協力しあっていることにも気づきます。

そして、そのキッカケをつくっているのが大雪だったり台風の強風だったりするのです。
しかも、このような大雪や台風は毎年やってくるのではなくて、10年単位くらいに少し強めなものがやってくるものだとボクは気づきました。

さらに、びっくりするような巨大な嵐は50年に一度くらいの頻度で、どうやら地球が自然現象としてプログラムしているのではないのかと思っています。


(Photo:樹洞の様子を見に来たツキノワグマ。冬眠の場所を探しているのでしょうか)

樹洞やそこに生活する生物たちを見ていてボクは気がつきました。
「自然現象なんてものは地球上のあらゆる生物に平等に均等に関わっているものだなぁ」と。

だから、人間もそのくらいのリスクはいつも考えておいたほうがいいのだということも、森からボクは教わっています。


(Photo:①~⑤ 穴は時間をかけていろんな大きさに変化していきます
⑥ その穴をふさいでしまうと、動物たちはとっても困ります)

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コメント

  1. Wow, I won’t hesitate to peep at their privacy next time, — but I wish if they had a door to knock, ‘cause I’m afraid they suspect human is rude creature.

    no mad NOMAD, Diehardwalker.

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