田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

Once a tree 昔、1本の樹だった

木工術への通暁は、薪焚き人の人生に神託をもたらす……。
実をいえば、薪焚き人は「樹木という植物の何であるか」を、
日々体験的に学習している学徒として捉えることができる。
木を伐り、樹を割り、木を乾燥させて、それを焚くということはそういうことである。
自分の筋肉に訴えて得た知識は貴重だ。
手で触って、その重さ、堅さ柔らかさ、その匂いを五感で感じるんだ! 

氾濫する情報。情報の洪水。
人は今、パソコンの検索サイトを開きさえすれば、どんな情報でも容易く知ることができると思っている。
しかし、本当のことをいえば、知ることよりも感じることが大切なんだ。

氷点下十数度の朝がつづく。
明るい日差しがあるのに日中でも外気が零度まで届かない。
そんな真冬日がつづいた後に、氷点下十度に達しない朝が来る。
日中の気温が+2度になる。
すると、「あったかい日だなー! アンコールが熱いよ」と感じる。
今日は空気が凍っていない。日差しがいつになく眩しい。
空の青さが優しい瑠璃色になっている。春の予感を感じる。

旧暦にて、初春のお慶びを申し上げます。

とはいえ、冬はつづく。中部高地はこれから雪深くなる。
2011年の冬を如何お過ごしですか?
わたしは白樺の木を削っている。
木工室のイントレピットを煌々と焚いて、小物を作っている。
寒山の冬の徒然なるままにワークベンチに向かいて丸鑿(まるのみ)を動かしていれば時を忘れる。

誰も来ない。何処へも行かない。
独り木工室にいて、手道具だけでの手仕事に興じていれば、時間が静かに流れていく。
心に浮かんでは、すぐに沈んでいく由無し事(よしなしこと)を削り落としていくように、わたしは丸鑿を動かしている。

白樺の材は白くて柔らかい。
鑿が木を小気味よく削っていく音だけが聞こえている。
Sound of silence.
風のない冬の日の寒山は静寂。
餌台に飛来してくる小鳥たちも今は啼かない。
「孤独ほど仲のいい友達に出逢ったことがない」。
そう言ったのは誰だっけ?
人は何かを無心で為しているときには、みんな孤独だ。
そうであるなら、孤独は愛すべきものだろう。

この冬に伐った庭の白樺を、生木のままで思いつくままに加工している。
生の材は柔らかい。
含水率の高い白樺は特に柔らかくて、石鹸を削るよう。
電動工具が普及する以前の彫り物は生木を用いた。
蕎麦の捏ね鉢を手彫りする職人は、今でもそうする。
庭の泉水に材を沈めておいて、びしょびしょな状態で彫っていく。
彫られて加工された材は、ひび割れない。
材のどこからでも水分が抜けていくからである。

白樺を材として用いたことはなかった。
そういう情報を持ち合わせていなかったからだ。
「加工するに値しない木なのだ」と、思い込んでいた。
しかしこの冬に伐ったそれは、太くて筋のいい樹だった。
で、戯れに彫ってみた。
そして、手彫り材としてのその個性と美徳を学んだ。

加工してから乾燥させた白樺は軽い。その肌目も綺麗だ。
しかも、粘りがあって割れない。折れない。
「橇は白樺で作るんだよ」。
シベリア抑留の体験を持つ村の翁がそう言ったのを憶えている。
白樺の樹は折れない。
強風で、その梢が地面に付くまで曲げられた白樺を目にすることがある。

迷ったけれども伐らなかった太い白樺の木が庭にある。
障害木になりつつあるこの白樺は、早晩伐らなければならない。
その時には、この樹で橇を作ると決めた。
雪深い冬に庭の薪小屋から薪を運ぶときには、橇で為すのがいい。
薪運び用の美しい橇を、白樺で作るぞ!

薪焚き人は木工を嗜むべきだ。
薪材として伐られた丸太の中には、家具に成りたがっている木がある。
木のスカルプチャーに成りたがっている丸太がある。
薪を割ってみれば、木皿に成りたがっている木がある。
スプーンに成りたがっている木がある。木のカップに成りたがっている木がある。
わたしの木工は、薪焚き人としての感受性から芽生えたものだった。

木で作られた物は、おしなべて美しい。
木で作られた物は優しい。邪魔にならない。
その出来映えが上手いか下手かなんて関係ない。
薪として入手した丸太から、何かを作ってみようと感じる想いが尊いんだ。
自分の敷地、自分の村や町、自分のエリアの樹で何かを作ることが尊いんだ。

知ることよりも、感じることに意味がある!
薪ストーブ焚いて、あああったかいなー。
薪ストーブクッキングして、ああ美味しいな。
薪材で木工やって、ああいいな。
これこそが最高の自給自足だな。

何度でも言う。ニッポンの国土は、世界に冠たる緑麗しい森の列島だ。
そのことこそがこの国の誇りであることを感じることが大切なんだ。
工業と農林水産業の調和ある自給自足的発展こそが、先進国の先ずもっての条件である。
それを目指さない国政なんて認めない。
この国のリーダーがそうであるように、政治も政治家も国の官僚も地方行政もスッカラカンだ。
テレビジョンのビジョンに一喜一憂するな。
何にも感じていないくせして、知ったかぶってる知識人を笑え。
政治家と官僚を笑え。政治評論家を笑え。きみたちは政治家のお焦げだ。
マネー資本主義者を笑え。みんなで笑ってしまおう!

Woodstove confidential. 
薪ストーブの秘密。薪焚き人同士の内々の話。
2年分の薪さえあれば、恐れることなど何もない。

Illustrations by 田中靖夫
Photoes by Yoshio Tabuchi



このWebマガジンはファイヤーサイドが提供しています。

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内