田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

帝国主義と牧歌主義

青葉の谷を渡り
エメラルドグリーンの山腹をたなびくように
たおやかな旋律が流れていく……

これは、チャイコフスキーのピアノ組曲「四季」だな
そのなかの、六月“舟歌”
夢見るように、青葉の季節をまどろむように……
野に山に水辺に
メロディアスなピアノの旋律が流れていく

 

 

李(スモモ)の白い花が咲いて
大山桜がピンクに咲いて
小梨(ズミ)が咲いて
林檎が満開になった
アカシアの蕾がふくらんでいる

今日パルナシアン(うすばしろちょう)を初見した
エゾハルゼミが歌いはじめた

ウワミズザクラの白い花穂が陽に輝いている
この花穂の蕾を塩浸けにする
それを“アンニンゴ”という 
雅な香りがある
白米に振りかければ食が進む

 

 

流蜜期。野に山に花の蜜が流れる季節
木花が咲き競う春から初夏を、養蜂家はそういう
蜜蜂の巣箱に蜜が溢れる時だ

我が庭の草地はサクラソウの盛り
黒百合が咲いている
三十年前に埋めた球根の子供が、今年も花をつけた
ムスカリとタンポポがまだ咲いている
忘れな草が秘密の花園をつくりはじめた

木立の木洩れ日をあびながら、すみれが花盛り
菫はサラダのトッピングにすればロマンチック

 

 

ドアホノ・トランペットとかいう名前のピンク色の爺が、
超薄くなった頭髪に振りかける養毛剤の、その悪臭がそこいらじゅうに漂って、
みんなを不快にしている……。
あからさまな帝国主義の再来。
世界はまだ、フランシス・ベーコンの人間中心主義的自我に取り憑かれている。
帝国主義とは、「自然は人間に隷属すべきもの。
科学技術をもって自然界を支配することが、人類の使命だ」とする考え。
この考えは、「優秀な民族や国家は、他の民族や国家を支配し、
服従させることができる」という覇権主義を正当化する。

生存競争。弱肉強食。適者生存。
これらの恐ろしい言葉が世界を陰鬱なのもにしている。
共存共栄、棲み分が自然界の根本原理だと理解することができれば、
世界は一瞬のうちにピースフルになるだろうに。

功利主義。立身出世。功名。
そして、拝金主義。
もっと、もっと、もっと……。
だが、人生は夏野行く牡鹿の束の間の夢。
自然を敬わない人類の繁栄も、またそうだろう。

 

 

Imperialism(帝国主義)のアイロニー(反語)は何だろう? そう考えてみた。
思うにそれは、Arcadianism(牧歌主義)ということなのではなかろうか。
アルカディアは古代ギリシャの理想郷。
ペロポネス半島中央の高原地帯にあって、高い山々と峡谷により隔絶していた。

アルカディアニズムは、自然を敬い自然と美しいハーモニーを奏でながら
簡素でロマンチックな田園生活を理想とする理念。
ヘンリー・ソローの「ウォールデン」は
近代におけるアルカディアニズムの美しい開花だった。
これは、帝国主義に抗するためのロマンチックで詩的な哲学の書である。
ソローは、こう書いてしている。
「手を付けずにとっておけるものの量に比例して、人は富んでいる」

ロマンチックであれ。
ロマンチックであることは、近代合理主義や機械論や、
現代における金融資本主義の貪欲さに抗するための対抗軸となろう。

 

 

辺境でひっそりと暮らす人たち。
山に住む少数民族。孤島を愛し、そこから出てこない島民。
峡谷の住人。砂漠やハイデザートの遊牧民。
アルカディアは何処にでもある。
アルカディアンは何処にでもいる。

隠棲の庭。それがアルカディアだ。
だから、アルカディアは人知れずある。
アルカディアンとは、牧歌主義という哲学で堅固に武装した田舎者のことである。

 

 

サンフランシスコの北。
奥まった入り江にボリナスという小さな町がある。
西部劇時代さながらのホテル。ヘルスフードストアー。
ヘルスフードレストラン。公民館。
それから、自動車の修理もする昔ながらのガソリンスタンド。
それだけの町。

町の広場には、繋がれていない犬が沢山いる。
彼ら彼女らはホームレスではない。
近隣から朝にやって来て、一日中町で遊んで、夕方には自分の家に帰っていく。
この町に辿り着くのは容易ではなかった。
何故なら、荒野の州道からボリナスに向かう交差点にあるはずの道路標識がないからである。
観光客の侵入を嫌って、町がそれを撤去してしまったのだ。
アルカディアに住みたければ、
自分たちで村や町をアルカディアしてしまえばいいのだ。

 

 

アルカディアは何処にあるのか?
花咲く庭があって、パッチワークのような菜園と果樹園があり……
どの家の屋根からも煙道が突き出ている小さなコミュニティー、
そこがアルカディアだ。

アルカディアンとは誰のことか?
自然を敬い、自然と共に人生を楽しみ、欲はなく、
薪ストーブが燃える暮らしを、
こよなく愛する者のことをアルカディアンという。

 

 

Photoes by Yoshio Tabuchi

隔月連載。次回の更新は2019年7月下旬です。

 



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