田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

Be a Poet 詩人であれ

春はきっと手のようです
(何処でもないところから
そうっとやって来る)
みんなが眺めている窓辺を整理し
(みんなが覗き込んでいるあいだにも
そうっとそこここの不思議な物とどうでもいい物を
整理したり置き換えたりして)そうして
すべてを変えてしまう

春はきっと手のようです
窓の中の
(そうっと
あちこちの古い物と新しい物を動かして
みんながそうっと覗き込んでいるあいだにも
そこここの花を少し動かして
そこにほんの少し隙間を置い)て

なんにも壊さないで

 e.e.cummings(1894~1962年)spring is l ike a parhaps hand.

 

 

詩はお好きですか。
わたしは詩が好きです。
だから、わたしは詩人です。
文学部の哲学科に籍を置きましたが、わたしは詩ばかり読んでいました。
詩ってなんなんでしょうか?

わたしの学生時代は、実存主義の全盛期でした。
サルトルとかカミユの翻訳本は誰でもよく読んでいました。
では、実存とは何でしょうか? 

「実存とは、存在の地平に陽炎のようにもやもやしている何かだ」。
わたしがそう言えば、それは哲学的な表現としてあります。
同じことを、「実存とは 存在の地平にゆらめく陽炎」。と言えば、それは詩です。
詩の言葉は隠喩(metaphor)としてあります。
詩の表現は比喩を嫌う。
「人生は旅のようだ」と言えば、それは比喩法です。
「人生は旅だ」と言えば、それはメタファーであり詩の表現といえる。

 

 

「春はきっと手のようです」。
というカミングスの詩句は、比喩法としてある。
しかし、この詩句は詩そのものだ!
なぜなら、「春は手のようだ」という表現が詩だからだ。
詩の言葉はコード(cord、暗号)としてある。
詩の言葉は、解読ソフトのないコードだ。
「どうして、春は手のようなんでしょうか?」。
それが、詩の言葉です。

では、詩人って誰のことなんだろうか?
詩人は何処に住んでいるんだろうか? 
詩人がいない時代だ!
正確に言えば、詩人が現れない時代なんです。
今は、大衆社会化状況の爛熟期のクライマックス。
そういう時代には、詩人は出てこない。
もともと、詩人は仙人だからね。
詩人は、テレビやSNSには登場しない。

 

 

詩人という言葉には、二つの意味がある。
その1)。詩人とは詩を書く者のことだであり、
それを、生業にしているの者のこと。
その2)。詩人とは、詩的な感受性が強い者のことを云う。

詩人はどこにでもいる。
仙人がそうであるように、詩人は大都会のダウンタウンにも住んでいる。
しかし、多くの詩人は辺鄙な海辺や山に住んでいる。
詩人は散文的な人界の海を好まない。
詩人の親友は孤独だ。
詩人は実存の庭を耕すのが好きだ。

 

 

標高1420メートル。
高冷地の春は日捲りのカレンダー。
水仙が咲いた。と思ったら、庭がどんどん黄色くなった。
タンポポも芝生を黄色く染めはじめた。
ムスカリが瑠璃色のペンキを絵筆で撒き散らしている。

薪山の何処かで冬越したクジャク蝶が、陽光の中を飛び回っている。
コツバメ蝶が羽化した。
ミヤマセセリが地を這うように飛び跳ねている。
今し方、ツマキ蝶の前羽根の先端のそのオレンジ色を見た。
この蝶の英名はオレンジチィップ。 

ツグミが帰ってきて、芝草の庭をぴょんぴょんと歩き回っている。
モズが庭木の枝に止まってじっとしているが、その尾羽根が上下に揺れている。
モズは庭の木立で巣作りをする。アカハラも冬の休暇から帰ってきた。
シジュウカラが、巣箱に猫の抜け毛を運んでいる。
ジョウビタキが、小さい体で見事なソプラノを披露している。
リッチなメゾソプラノで歌っているのはゴジュウカラだ。

 

 

「明日は未だ愛さなかった人たちをしても愛を知らしめよ
愛したものも明日は愛せよ
新しい春 歌の春
春は再生の世界
春は恋人を結び小鳥も結ぶ
森は結婚の雨に髪を解く
明日は恋なきものに恋あれ
明日は恋あるものにも恋あれ」
  (西脇順三郎 詩集Ambarvaria  ヴィーナス祭の前晩)

Be a poet.  詩人であれ。
詩人であることは、自分の感受性で自由に生きるための力になるからである。

 

 

Good news!
拙書「森からの伝言」(ネコパブリシィング刊)が韓国で翻訳出版されます。
「列島と半島と中国大陸は一衣帯水の地。我々は仲良しになりましょう」。
このウェブサイト・エッセーで前回そう書いた願いがたちまち半島に届いたんです。

     

Photoes by Yoshio Tabuchi

 

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