田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

ほととぎす聞く折りにこそ

青葉の季節。
時鳥(ほととぎす)が夏を謳っている。
♪東京特許許可局、東京特許許可局、東京特許許可局……。
落葉松の梢のてっぺんで、声高らかにそう啼いている。
夏山で、ハイテンポなこのトレモロを一度聴けば、
誰でもがそれが時鳥の鳴き声だと理解するだろう。
東京特許のトレモロを50回くらい繰り返して、時鳥は飛び去った。

 

 

サンルームに夏の朝日が満ちた。
スカイライトから夏日が差し込む。
毎朝6時に起床するので、早朝は肌寒い。
剪定したラズベリーの枯れ茎でアンコールに火を起こす。
で、9時を過ぎると居間の温度は夏日のそれに。
ストーブが燃えているのに、サンルームの網戸から涼しい風を呼ぶことになる。

高冷地の初夏は、晴れれば毎朝がこうだ。
今朝6時の外気は3℃だった。
ゴールデンウィークの後に雪が1寸積もった。
その翌朝には、天水鉢に薄氷が張った。
この季節、昼夜の気温差が20度を超える日は珍しくない。

 

 

高緯度地方で夏を暮らしたことがある。
日本の北限は北緯45度33分。
北米ならUSのニューイングランドとカナダの国境あたり。

高緯度地方の夏は素敵だ!
早朝はウールのカーディガンを羽織るほど肌寒い。
日が高くなるにつれて気温が急上昇していく。
午頃には夏日になって、社長も従業員も、みんな半ズボンとTシャツ姿になる。
午後になっても気温は上がりつづける。
しかも、高緯度地方の昼間は長い。
サマータイムということもあって、夜の十時まで明るい。

人々の朝は早い。
6時には起きて、7時半には出勤。
4時に退社し4時半には帰宅。
高緯度地方の日輪はいつまでも沈まない。
人々は、まだまだ明るい日差しのなかで夏の夕暮れをそれぞれに楽しむ。
そして、暮れなずむ夕暮れ時に就寝する。

 

 

標高約1500メートルにある我が山里のそれは、
北緯44度の平地の夏といったところかな。
我が山村は北緯36度だから、夏至の頃でも8時にはもう釣りができない。
昼間の長さがそれ程でもないことをのぞけば、
ここの夏はニューイングランドの北部エリアのそれと同んなじなんです。

わたしは高冷地の夏を愛してます。
信じられないほど麗しい5月6月7月がこのハイランドにあればこそ、
わたしは此処にいるんであります。

 

 

夏になればいつも思うんですけど、
我が国もサマータイムを絶対に導入すべきであります。
なぜって電力消費削減になるし、
それからなにより夏の夕暮れを屋外で楽しむことができるからです。
釣り好きのきみなら、
会社の帰りに近所の川で毛鉤を2時間振ることができるだろう。

 

 

夏は、早寝早起き。
9時に寝床に就けば6時に起きても、睡眠時間はたっぷり。
寝るは天国。
娑婆の阿呆は夜起きて働く。
蜜蜂さんは早寝遅起き。
雨天休業。曇天、濃霧、風の日は半ドン。
半ドンのドンはオランダ語のドンタク(日曜日)のドンでありんす。

 

 

郭公(かっこう)が歌いはじめた。
初夏の日輪が子午線を登りつめようとしている。
郭公の歌はいいな!
パキンと晴れ渡って風のない日。
何頭ものパルナシアン(うすばしろちょう)が夢見るように庭を舞う昼下がり。
忘れな草の瑠璃色が木立の木洩れ日の中でまどろむ時。

 「時鳥きく折りにこそ夏山の青葉は花におとらざりけり」 西行(山家集)

我が愛する詩人、西行が生きた平安時代後期(12世紀)には、
ホトトギスはカッコウだった。
そうであればこそ、この歌は日本一見事な初夏の詩である。

 

 

こんな晴れ渡った日は、夏だというのに夜間には冷え込む。
日が暮れれば、アンコールに火を入れようかやめておこうか迷う時候が今だ。
勢い盛んな青葉が大地の水を放出して気化熱を奪う。
で、大気が冷やされるのだ。
樹齢五十年のミズナラの樹は、夏の1日に200リットルの水を大気に放出する。
 
1本の樹木は、超高性能なエアコンである。
究極のデジタルは自然だ。
そして、究極のハイテクは薪ストーブである。

 

 

Photoes by Yoshio Tabuchi

隔月連載。次回の更新は2018年7月下旬です。

 

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