田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

Lumberjacking 讃歌

空の青さが、優しい瑠璃色になった。
トルコ石のそれ。忘れな草の青。
冬中凍りついていた上空の大気が熔けて、
空の青さがパステルカラーのそれになった。

成虫で越冬したクジャク蝶が零戦みたいに飛び回っている。
ワルツを踊るように舞う黄蝶は、スジボソヤマキだ。
陽光に誘われて冬眠から目覚めたんだ。
蝶は薪小屋で越冬するのが好き。
シジュウカラが巣箱の巣穴から室内を覗き込んでいる。
「室内を綺麗に掃除して下さい。
そうでないと、新しい愛の巣を作れないんです……」。
彼女はそう言っている。

日溜まりの水仙が芽吹いている。
エシャロットが雪解けの土を割って緑を覗かせている。
まだ小さい球根ごとその茎を刻んで、味噌汁と納豆の薬味にした。
得も言われないほど美味しい味噌汁と納豆になった。
この美味しさは、生物学的なそれだ。
「厳しい山の冬を耐えて、
もう我慢できなくなって春一番に芽吹くアサツキやエシャロットやフキノトウ。
それが“気”だ。その気を食べなさい」。
気功の先生がそう言っている。

5ヶ月におよぶ冬。その後にやって来る春。
寒山早春賦。春が、すぐそこまで来ている。
日本一標高が高い山里に巡ってくる春の歓び。
我が領土のオオヤマザクラが咲くのは、5月の連休の後だ。
遅い春は、夏に追われて花火大会のよう。
爆発する新緑と花々のピンク、赤、黄色。
この歓びを箇条書きにすれば枚挙にいとまがない。
それがどんな歓びなのかを知りたければ、きみも山に住んでみるしかないだろう。 
 
ゴジュウカラが見事なメゾソプラノで、綺麗な口笛を吹いてる。
♪“Let us be lovers, We’ll marry our fortunes together”。
彼はそう歌っているんだ。
彼と彼女のための巣箱も掃除してあげなければならない。

ガーデニングとファーミングの夢があてどなく膨らむ。
菜園の苗作りを急がなければならない。
堆肥は足りているか。果樹の剪定は大丈夫か。
しかし、この三月は10本ほどの太い立木を倒さなければならない。
庭の南側の木立が、30年経ってそびえ立つように成長してしまった。
で、この木立に隣接した菜園の陽当たりが悪くなった。
コールドマウンテン・ボーイズを招集して、障害木を伐採することにした。
手付かずでジャングル化しているこの木立の伐採はハードなものになるだろう。
新潟の御三家と三浦半島の高級外車ルポルタージュ・ライターの吉田さん。
四六四九(宜敷)

 

 

このランバージャッキング(樵仕事)は、
シンプルリビングのために為さなければならないハードジョブの典型。
しかし、アマチュア・ランバージャックにしてみれば、やる気満々。
♪紺碧の空仰ぐ日輪 光輝あまねき伝統のもと すぐりし精鋭闘志は燃えて……。
思わず母校の応援歌が口をついたりして、すみません……。

去年の秋に新調したハスクバーナも使い慣れてきた。
エアーフィルターを掃除した。
ガイドバーを外して、チェーンオイルの汚れを除去した。
魂入れてソーチェンを研ぎ上げた。

 

 

大きく育った木を倒し、それを薪にして燃やすということは、
一種の社会契約といえる。
つまり、立派に成長した木を伐るときには、
環境と地域社会への十分な配慮が為されなければならないということだ。
市民に愛されていた公園の桜並木を伐採して、
そこに、市立美術館を建てることになった。
「絵よりもリアル・チェリーブロッサムのほうが、芸術的だ!」。
市民は反対した。
しかし、日本画の巨匠の記念美術館は建った。
風の便りによれば、そこはいま閑古鳥が啼いてて長閑だということだ。

木を伐り、それを木材やエネルギーとして活用するということは、
人が自然と取り交わす平等な契約でなければならない。
自分の年齢ほどの大きな樹木にチエンソーの刃を当てるとき、
ランバージャックの心には祈りのような感情がよぎる。
大きな優勢樹がゆっくりと倒れていく……。
林床にもんどり打って、震度2位の地響きがする。
そして、林床の灌木をなぎ倒したまま、そこにこの世で一番大きな生き物が横たわる。

 

 

伐られて燃やされる樹木は生け贄的とも思えるが、実際はそうではない。
優勢を誇っていた樹木が伐採されたことで、
林野には衝撃が走り、その後一瞬静まりかえる。
その静寂を打ち消すようにランバージャックのチエンソーが枝木を払っていく。
林野に人手が入ったことで、その森の生態系が劇的に変化する。
窮屈だった樹間が開けて、明るい日差しが差し込む。
風が通り抜けていく。林床にも日差しが戻ってくる。
残された木々は、待ってましたとばかりに生長する。
思うに、それが心ある伐採である限り、
森林の除間伐は人が森林と係わる理想的なあり方だ。

 

 

樹木の大きさは、
その高さと胸の高さの直径(Daiameter at breast high=DBT)で表記される。
高さ25メートル、DBT45㎝の広葉樹は、
この寒い山の真冬の2ヶ月分の薪となるだろう。
温暖地で焚かれるきみのアンコールだったら、1年分以上になるかもしれない。

楡は特にそうだが、枝木に富んでいる。
その分、粗朶(そだ)=細枝がものすごく多い。
欅と楡は竹箒を逆さまに立てたような樹姿で、空を掃くようにして育つ。
だから、DBT45㎝のそれを粗朶まで焚き木として始末するには、数日かかるだろう。アマチュア・ランバージャックは粗朶までも焚き木とし、除間伐した林野の灌木を下刈りして、林床の枯れ枝も焚き付けとする。

 

 

自分の敷地の立木を自分でランバージャックイングすることは、
義務であり、また芸術的な行いでもある。
それは、Landscape としてある。
ランドスケープは、庭や屋敷林のリアル風景画を描くことである。

ランバージャッキングは楽しい。
ランバージャッキングは歓びに満ちている。
「ヘンリー・ソローの森の生活を、今この山で実践している」という
原初的な心地よさが、この古典的肉体労働には宿っている。
この樵仕事は、21世紀における至福のアウトドアアクティビティーとしてある。

 

 

エレクトロニクス(電子技術)と合成物質の洪水のなかにあって、自分でランバージャッキングして、それを主要なエネルギーとして生きるということには感動的な確かさがある。
化石燃料や電気と違って、木には確かな手応えがある。
「これは本物だ!」という直感的な閃きがある。
木を焚いてみれば、自然との根本的な関係を回復しようとしているという実感がある。

Real Intelligence; グレンスフォシュのカービングが、
10年間工作室の壁の飾り物になっていた。
「余命幾ばくもない齢ならば、ケチってる場合じゃない」。
そう思って、この高価なハンドアックスを粗朶木のチョッピングに使ってみた。
我発見せり!
これは世界最高の素晴らしいハンドアックスであることを報告したい。
「どう最高なんだ?」って。
使ってみれば、すぐに分かることさ。

 

   

Photoes by Yoshio Tabuchi

隔月連載。次回の更新は2019年5月下旬です。

 



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