田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

大草原をつくるには

木々の葉はまだ重たく繁茂しているが、
庭の石敷きに山桜の落ち葉が目立つようになった。
ツリバナの木の葉がほんのり色づいている。
そのさく果が赤く膨らんで吊り下がっている。

野菊の季節。
なんにもしないのに、庭に道端に野菊の花が綺麗に咲いている。
白く咲くのはユウガギク。
青く咲くのはノコンギクとヨメナ。
ユウガギクにミドリヒョウモンが来て、吸蜜している。
このタテハチョウは、初夏に羽化して暑い夏を夏眠する。
九月に目ざめて、これから産卵する。
幼虫は一齢で越冬する。
そして、春にスミレを食草として世代を繋いでいく。

 

 

アカツメクサの花にツバメシジミが来ている。
このサファイヤブルーの小さな蝶は、開帳25ミリ。
一番小さな蝶といえる。
何処にでも、また春から秋遅くまで、ごく普通に見ることができる蝶。
でも、みなさんはこの蝶の美しさを知らない。
人はどうして、足元の星を見ようとしないのだろうか?

この小さな生き物の目線になって、
アカツメクサの花まで身をかがめて観察してみよう。
そうすればこの蝶が、
世界で一番高価なサファイヤよりもずっとずっと美しい創造物だと気付くだろう。

ブロッコリーの黄色い花穂に蜜蜂さんが来ている。
花が少なくなったこの季節、蜜蜂はどんな花でも訪ねる。
ゲンノショウコの青い花に、アキノキリンソウに、大根の花に……。
すぐにでも、霜降る夕べがやって来ることを知ってか知らずか、我が最愛の友は元気!
庭の蜜蜂さんは、早晩長い長い冬休みに入ります。

働蜂は全てフィメール(雌)。
女王蜂は働蜂の子供。
特別な巣房でローヤルゼリーを2週間与えられると女王蜂になります。
成虫のまま1万の同胞と身を寄せ合って11月、12月、1月、2月、そして3月。
4月も中旬を過ぎて梅の花が咲くまで。
女仲間と女王がまたの春を迎えることができれば、
佳きかな婦人達による婦人達のための婦人達の共和国。
ViVa! 女達の独裁王国。

 

 

蜜蜂は偉大だ。
一生を花から花へ飛び渡って、顕花植物の花を交配し、甘くて甘い蜂蜜を残す。
そして、その翼を土に帰していく。 
「養蜂家が蜜蜂と共に暮らす村の住民は長寿だ」という揺るがしがたい統計がある。
蜜蜂さんが集めたマウンテン・フラワーの花蜜をなめて、ああ美味しい!
蜂蜜は村の婆さん達の長生きサプリメント。
そんな蜂蜜が採れる村の自然は特別だ!
ハイランドの村では、水も空気もまた美味しいんでやんす。

大きな声では言えませんが、娑婆の排気ガスとか大気に漂う諸々の有害物質は、
標高800メートルまでしか上昇することができない。
この家と庭は標高1400メートル以上。
上高地と同じくらい。
PM2.5の雲は、ここよりも600メートル下界に。
その分、ここは高冷。
でも、薪ストーブがあるもんね。
そして、山里は薪エネルギーのペルシャ湾岸。
しかも、このエネルギーは元祖サステーナーブル。
我が山岳エリアのそれは、ここで消費するそれの数千倍数万台の勢いで再生産されているんだ。

 

 

いつになく暑い夏だった。
椅子作りに精を出したということもあった。
で、夏の間、庭仕事がままならなかった。
気温は30度まで達した。
下界にくらべればさほどでもないらしいが、高地の直射日光は強烈。
太陽に近いもんね。
そんなわけで、菜園も芝地もいつになく夏草が生い茂ってしまった。
圃場はさながら自然農法状態に。
にもかかわらず、作物の出来はよかった。

我が庭の夏がこうなったことには、
この庭の主の心境にある変化があったことも報告しなければならない。
それは、蜜蜂のせいだ。
庭に蜜蜂の巣箱を置くようになって、ごく自然と、
蜜蜂に寄り添う庭であれば……と思うようになった。 

 

 

雑草という名前の植物はない。
季節が巡れば、どんな顕花植物も花を咲かせる。
花蜜で蜜蜂を誘う。
菜園の野菜もそうである。
「夏草が生い茂る庭を意図的に演出していくこともまた、
ガーデニングのあり方なのではなかろうか?」と、
タブチ君はご都合主義的に考えたのだった。

そこで、思い描いた景色は夏の草原だった。
夏草が生い茂って、草花が咲いている。
ハイカーが往き来する踏み跡が、そこにある……。
自分たちが往き来するに便利なよう、そこの芝だけを芝刈り機で刈った。
蜜蜂の蜜源であるシロツメクサの種をそこらじゅうに播いた。
芝生をクローバーのそれに替えようと考えている。
そうすれば、芝刈りの手間も軽減する。
 
大草原をつくるには、蜜蜂とクローバー。
庭の面積は大草原にはかなわないけど、空想することができれば大丈夫!
来年の夏、この庭は蜜蜂とクローバーの草原になっていくでしょう。

 

 

中秋のそれは、月に群雲。
雲間から差し込む明るい月光が美月さんだった。
秋分の日は過ぎた。
みなさん、薪ストーブ・メンテナンスは済ましましたか。
わたしは、一週間前にそれをなした。
先ず、煙道をきれいに掃除した。
それから、二次燃焼室に溜まった灰を掃除機で吸い取った。
キャタリスティック・コンバスターの灰をクリーニングした。
天板のガスケットロープを新品に替えた。

今夕、この秋はじめてアンコールに火を入れた。
岩魚を白焼きにして、甘露煮を作りたかったからだ。
ダンパーを閉じて、コンバスターモードにした。
天板の上にトリベットを重ねて、焼き網に岩魚を並べた。
岩魚が焦げない遠火の輻射熱で、岩魚をじっくり焼き枯らすんだ。
それから後日、甘露煮にする。
 
金峰山川の流れに毛鉤振る夕べも、もうこれっきり。
10月になれば、渓流釣りは禁漁に。
今夕、鹿の声を聞いたような気がする。

 

 
Photoes by Yoshio Tabuchi

隔月連載。次回の更新は2018年11月下旬です。

 



このWebマガジンはファイヤーサイドが提供しています。

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内