田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

Waiting for Spring 春を待ちながら

一月は厳冬の日々がつづいた。氷点下19度まで冷え込んだ。
-15℃まで冷え込めば、夜通し薪を炊きつづけなければならない。
庭の薪山が日毎になだらかな丘になっていった。
貯金通帳の数字が目減りしていくような思いがした。
一月の薪山は、どこかの国の老齢年金資金に似ている。

二月の中旬に雪深くなって、寒さが和らいだ。
海洋性の低気圧が北上するようになって、中部高地に雪を降らしたのだ。
それは、春の兆しだ。
我が寒山に冷たい雨は降らない。
平地の冷たい雨は、ここでは雪になるからである。
雪は、さほど冷たい物ではない。冷たいのは氷だ。氷の世界は寒い!

今日は、水銀柱が+8℃まで上昇した。四月上旬の気温だ!
陽光の中に温度計を持ち出してみた。25℃あった。
日溜まりの窓辺は35℃だった。
お天道様は偉大だな。サンルームも25℃を超えた。
今年初めてアンコールの火が落ちた。

 

 

The Spring fring ! 最初の春の大騒ぎ。
高緯度地方の住人は、こんな日をそう呼ぶ。
仕事を放り出して、誰でもがパーティーモードになって最初の春を歓ぶ。
すぐに冬が帰ってきて、また滅入るような日々があることを知っていても、馬鹿騒ぎしたい一日なんだ。

村では、こんな日を“お乞食さんのお洗濯”と呼ぶ。
“着たきりの衣類を洗濯するにはいい日だ”という意味。自分を卑下して使う言葉だ。
寒さにかこつけて怠けている日じゃないよ。
庭の片付け仕事でもしなさい、ということだ。

 

 

今日わたしは、木工室も自分も埃まみれになるサンディング仕事を、庭のテーブルで為した。
陽光の中で、製作中のベンチの座板をおもいっきり紙ヤスリで磨いた。
庭の薪を二週間分、橇で運んだ。
それから、村のスーパーマーケットまでチリ産の安ワインを買いに行った。

 

山里は霞みわたれるけしきにて空にや春の立つを知るらむ  山家集(西行)

「春は三寒四温を繰り返しながらやって来る」というが、嘘よね。
“三寒四温”は旧満州の早春の言葉を、誰かさんがそのままこの国に持ち込んだものらしい。
それは、中国大陸の気候。
日本列島の早春は気紛れだ。極東アジアに浮かぶこの島国の二月と三月は、冬と春が目まぐるしくせめぎあう。
今日のこの春日を歓んでばかりはいられない。
だから村人はこんな一日を“お乞食さんのお洗濯”と呼ぶんだ。

今日、二月は四月から春の一日を借りてきた。
で、四月になったら、二月は冬の一日を四月に返すことになる。
四月に冬の凍る日があるのは、そういうわけだ。
人の世も季節も賃借帳は早晩クリーンにしなければならないんだ。
もしもそうなら、三月は荒れ模様であっていい。
なぜなら、四月は三月に四月の悪い日を貸し付けようとしているからである。

 

 

バランスが全てだ!
世界は賃借で成り立っている。
豊かな山岳と火山と温泉に恵まれているということは、自然的災害と地震のつけから逃れられないということだ。
冬の豪雪と夏の暑さがあればこその米の産地だ。
年間平均気温が6.5℃の高冷地だからこそ、この村は日本一の夏レタスの産地だ。
我が山里の冬は寒いよ。その分、夏はね。
あなたが暮らす温暖地の夏は蒸し暑いでしょ。

人生も社会も世界史も、山あれば谷あり。
中華人民共和国の経済力が世界を席巻しようとしている。
「中国人の贅沢が地球環境をスポイルしている。
中国人が魚を食べたがるので、水産資源が枯渇しようとしている。
中国とアジアの発展途上国が贅沢になってきたので、石油と穀物のコストが上昇している…」。

中国だってインドだって、世界史に冠たる歴史ある国だもん。
この百年間シンプルにやってきたからね。
欧米や日本並の生活水準に近づきたいとおもうのは…当然の事でしょ。
中東と北アフリカ諸国のイスラム圏が力をつけようとしている。
当然だよ。文明発祥の地だもん。

歴史の変遷もまた貸し借りの帳尻としてある。
欧米と戦後の日本は、世界中の発展途上国から多くを借りてきた。
これからは、その借りを返済する時代だ。
それが、歴史の教訓でありグローバル化ということの本当の意味だ。
我が故郷(東京)でパワーショッピングしている中国人を笑えない。
日本人だってパリで同じ事をしたよね。

 

 

我が国の元号は奇しくも今“平成”。
平成とは「平らかに成る」ということだ。
わたし的に言うなら、それは薪作って薪焚いてスマートにシンプルに暮らそうということだ。
では、都会人はどうすればいいのか? 
さあねー、知らない。自分で考えてよ。
都会人には都会人ならではのシンプリー・リビングがあるでしょう。
よりよいスマートな手本を自ら実践してみせることが先進国の務めだ。
そうすれば、「なるほど…わかった!行き過ぎた贅沢は、自分たちも世界も幸福にしないんだな」と、みんなが納得するだろう。

わたしは今日、冬越しの南瓜のスープをすすり、ベークドポテトを食べた。
フライフィシングにはまだ早すぎる早春の一日を、木工と薪運びで暇つぶしできてよかった。
1200円のシャルドネで、今年最初の春日に乾杯!

P.S. 
Ecofan を送ってもらって、ストーブトップに置いてみた。
インカの遺跡の洞窟に描かれた壁画の鳥に似て、可愛い。
プロペラがくるくる回って、温風を水平に送風している。
電気無しで、一生懸命に自分の仕事を為しているその様が、可笑しい。

Photoes by Yoshio Tabuchi

 



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