田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

薪ストーブとキッチンガーデン


 

薪小屋にうず高く積み上げられていた薪山が、低くて小さな丘になってしまった…。
あんなにも心を込めて作り積み上げ乾燥させた薪山なのに、薪は儚(はかな)い。
年々の薪作りはまるで、シシュホスのギリシャ神話のよう…。
積んでは崩れてまた積んでは崩れての永遠の繰り返し。

だから人は、この儚さを嫌って化石燃料に心奪われたのだ。
だがそれは、地球の歴史が数千万年かかってやっと蓄積してきた貴重なエネルギーである。
そう!今ある我々の文明は、その化石燃料をたったの百年以内に使い切ってしまう儚さの上で成り立っているのだ。

想像力が全てだ。
想像力の欠如が化石エネルギーを乱用し、我々の明日を疑わしいものにしている。
どうしよう? わかっちゃいるけど、今ある文明も車も悪癖も急には止まらない。
21世紀人のジレンマは深刻だ。
だが、そんな時には、我々は薪でも割って頭を空っぽにするのがいい!

Things are the same but everything is changing.
繁栄も名声も虚勢も、儚さも虚しさジレンマも。諸行無常。
薪エネルギーと共にあることで、儚さということの意味を自分の筋肉で知ってしまった薪焚き人に、今さら深刻なジレンマはない。
 

我が寒山のこの家で燃やす薪は、6トントラック山積み1台分の闊葉樹。
丸太の原価は10万円。その丸太は燃やされて、およそ150キロの木灰になる。
実をいえば、この木灰は“菜園家の祈りに応えてくれる高級な天然ミネラル肥料”だ。
園芸店に出向けば、園芸肥料として木灰が売られている。
800グラム280円。鉢物家や盆栽家にとって、それは無くてはならない肥料だ。
我が薪ストーブの“聖なる灰”をお金に換算したくはないのだが…木灰1キロ300円として計算してみれば、この家の1年分のストーブの灰の価値は4万5千円と出た!

薪ストーブの灰は菜園や花壇で活用すべきだ。
そうすることで、木を燃やすという自然のサイクルが見事に完結する。
昔話の花咲爺さんは、最後に木灰を野に撒く。
すると桜の木々が美しい花を咲かせて人々を喜ばせる。
欧州の昔話の主人公シンデレラは“灰かぶり娘”という意味。

ストーブの灰は、天然の燐酸とカリ肥料である。
また、木灰は酸性土壌を甘いアルカリ土壌にする。
いろんなミネラルを豊富に含んだ木灰は、植物の体を丈夫に育てて花付きや実成りをよくする。
園芸家にとってストーブの灰は、まさに花咲爺さんの灰であり、シンデレラの灰かぶりだ。
ただし、酸性土壌を好む作物の圃場には木灰を撒くべきではない。
馬鈴薯、苺、ラズベリー、ブルーベリーがそうである。

今日わたしは、カリフラワーの苗を定植した。
そして、その苗のぐるりにドーナツ状に灰を撒いた。
お呪いの魔法のように見える灰のリングだが、これは根切り虫(ヨトウ蛾の幼虫)やナメクジの食害から苗を守るためのバリヤー。
ヨトウ虫やナメクジはアルカリ性の木灰の上を歩くことが苦手。
で、灰の輪は邪悪な者を寄せ付けない結界に。
庭バエの幼虫はカリフラワーやブロッコリーやキャベツの地下茎を食害する。
でも、庭バエは木灰を撒いた土に卵を産まない。

園芸書を繙いてみれば、「1エーカー(約1200坪)の圃場には500キロの木灰を撒くべし」とある。
わたしの菜園は、芝生も花壇も含めて4分の1エーカー。
この家の薪ストーブの灰は、1反=300坪の自給自足的菜園に十分な天然ミネラル肥料のようだ。
 

アカハラが冬の休暇から帰ってきた。
この鳥は菜園家の友達。圃場のミミズや昆虫が好物。
で、菜園家が鍬やスコップを持って庭に立てば、その後からついてくる。
ツグミの仲間であるアカハラはソングバード。
夏の夕暮れに、リッチな声で♪キョロン♪キョロンと歌う。

不確かな航海図しか持たない未来へと、我々は船出しようとしている。
だが、それを嘆くことに意味はない。
それより、今こそ我々はキッチンガーデンにおける食物の自給率を高めていくべき時である。
薪ストーブ術と園芸術への通暁(つうぎょう)は人生に神技をもたらす。
またの春が巡って、今年最初のアスパラガスを菜園で見つける歓びを、幸福と感じることが大切なのだ。

 

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