田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

THE GARDEN

朝だ。春の朝だ。長峰の岩山から朝日が差し込む。
春の光に輝く庭。ブライター・ガーデン。
もっと光り輝く庭へ……。
今日も一日、庭仕事に精をだすぞ 。
 

 

菜園のレイアウトをリノベイションしている。
圃場を拡張し、その整備に心を砕いている。
食料増産5カ年計画のスローガンを掲げたのはいつだったかな? 忘れた。
ともあれ、我らが菜園は進化しつづけている。

重要なこと!
それは、「寒い山の冬を、庭の野菜でどう食べつないでいくか」ということだ。
馬鈴薯、南瓜、山芋、人参等々の根菜。
それから、瓶詰め。フリーザーでの保存食。
食料の自給率を限りなく高めていくことが肝要だ。

 

 

我が菜園は30年の歴史を持つ。
その間、化学肥料は一粒も使っていない。
林野を開墾して造ったそれなので、我が庭の作物は最も厳格な有機農法による基準に則ったそれだ。

LET IT ROT!
家庭菜園の基本はコンポスティング(堆肥作り)だ。
枯葉と林床の堆積物を大切に取り扱っている。
芝生の刈草と圃場から除草した雑草も。
それから、木工所から出るおが屑と台所から出る生ゴミも。

それらを混ぜこぜにして、コンポストビン(堆肥置き場)に積み込む。
発酵油粕と鶏糞と牛糞を混ぜ込んで、万能鍬で何度も切り返す。
年平均気温が7℃に満たない高冷地の庭なので、それらが黒い腐葉土になって圃場に撒かれるのには三年かかる。

 

 

ハリー、ハリー。早く、早く。
もっと簡単に、もっと手早く。人は今、何事に付けそう考えている。
「三年がかりの堆肥作りなんかやってられない!」と。
だが、そう考えるのは愚かだ。
それは、三年サイクルのローテイションとしてあるだけのことだからだ。
最初の二年間をなんとかやり過ごすことができれば、どうということはないんだ。

それは、原木による椎茸栽培と同じだ。
この庭では、種駒を打ち込んでから椎茸を収穫できるのは三年後だ。
まあー、最初の二年間は我慢だね。
でも、その後は毎年一年分のホダ木を作りつづければいいだけのことだ。

 

 

生き長らえて、少しは多くを見てきたから言うのだけれど、
何事に付け、三年間の辛抱は必要だよ。
“石の上にも三年”って言うじゃないか。

三年間は待つこと。
そして、待っていることを忘れること。
そうしていれば、ある日立派な椎茸に巡り会える。
きみの仕事にも、思っていた以上の綺麗な花が咲くだろう。 

 

 

新しいコンポストビンを造った。
古いそれは30年間の間に老朽化してしまったので、場所を変えてそれを新調した。
我が庭のそれは、三つのコンパートメントから成っている。
完熟堆肥に成るのに三年間かかるからである。

コンポストビンの場所が変化したことで、庭が広くなった。
その分、圃場のレイアウトが自由になり面積が広くなった。
で、食料自給率向上に拍車が掛かってきた。

 

 

新たにレイアウトされた圃場を見よ! 長さ15メートル。
畝巾90センチのそれが5畝。整然として見事な圃場の誕生。
その一画はまだ芝生のままだが、あと一日頑張ればね。

春植の玉葱の苗を2畝分、200本すでに植え付けた。
葱系は遅霜にも負けないからね。
あとは、トマトを2畝、馬鈴薯を1畝植え付けるつもりだ。

 

 

菜園の作物作りは、エコノミー(経済)のためにあるのではない。
それは、フィジカル(健康)のためにある。
言いにくいことだが、わたしはコマーシャル(商業主義)な作物を信じていない。
ここで、多くを語ることはできないが、
レタスファーマーの村で暮らしていれば
コマーシャルな野菜の何であるかを理解するのは容易い。

それは、ひたすら換金作物としてある。
当然じゃないか! マーケットで売られている物はおしなべてそうだ。
後は、高級かそうでないかがあるだけのことだ。

 

 

話は違うが、わたしの自慢は生命保険を買っていないことと、
健康診断を受けたことがないことだ。
面白い話を紹介しましょう。

ある夏の日、二人の来訪者との会話。
缶ビール傾けながら、三人の男は取り留めのない世間話をしていた。
保険の話になった。現代人にしてみれば、保険は悩ましい問題だからね。
あれこれ話したが、これがなんとソクラテス的な談義になって笑えたのだった。

来訪者A;
実はわたしの親父は総合病院の部長なんですが、親父の口癖はこうなんです。
「健康診断に気を遣うような生き方をするな。自分の健康は自分で管理しろ」

来訪者B;
ぼくの父親は大手保険会社の偉いさんなんです。親父はいつもこう言ってます。
「生命保険を買わなくてもいいような人生を心掛けろ」

 

Photoes by Yoshio Tabuchi
 

—–
 

隔月連載。次回の更新は6月下旬です。

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内