菜園家讃歌
4月25日。梅の花が5、6輪咲いた。
東京の庭の2ヶ月遅れだね。
ソメイヨシノがいつになく早い開花だったという割りには、
我が庭の梅の開花は少し遅めだ。
大山桜とリンゴの蕾が膨らんできたが、
「まだまだ、ここは我慢のしどころ……」そう思案している。
スモモの蕾を割って白い花弁が零れている。
「まだ早いってば。今夜は冷えるわよ。明朝は霜が降るかもね」。
スモモの木がその蕾にそう言い聞かせている。
山の春は、遅い方がいい。
去年は5月の連休過ぎに雪が降って、満開のリンゴの花が雪に埋まってしまった。
で、リンゴが1個もならなかった。梅もスモモも……。
人は、寒い山に住む者を哀れむ。
「温暖な地に住む者こそが裕福なんだ」、と言わんばかりに。
そうでしょうとも……。
なにしろこの地では、5月に降る霜を誰も“遅霜”とは呼ばないんだから。
だが人は、寒い山里に訪れる春の歓びを知らない。
山に住むことの美徳は、
遅い春の到来をじっくりと観察する閑暇に恵まれていることだ。
山の春は、そーっと、そーっと、おずおずと、おずおずと、やってくる。
まだ手探りしている菫と桜草。
まだ躊躇しているチューリップとヒヤシンス。
まだ恥ずかしがっているニリンソウ……。
春の歓びを、何処の誰よりも長く満喫できる土地、それが寒い山の庭です。
今朝は、タンポポのオムレツを焼いた。
サンルームのリーフレタスとパセリとタンポポの葉のサラダをそこに添えた。
昼は、昨日下の集落の道ばたでもぎ取ってきたタラノメの天ぷらを食べるつもりだ。
ラズベリー畑に入り込んだミツバが穫れはじめた。
行者ニンニクがもう花穂を付けている。
エシャロットとニラとチャイブ(あさつき)が青々としている。
山ウドが枯葉を割って出てきた。
冬越しのホウレン草が美味しそう。
アスパラガスはまだ知らん振りしているが、茎ニンニクが食べ頃になった。
数日前に長芋を掘った。
春堀のそれは、秋に掘ったそれよりも美味しい。牛蒡もそうだ。
スーパーマーケットの野菜売り場の棚の前を行ったり来たりしながら、
憂鬱な目つきで本当は買いたくない野菜を、もう物色しなくていいのだ!
それは、いいことでしょう。
自給自足的菜園家而自己満足的幸福万歳!
ラディッシュとリーフレタスとパセリの種は10日前に蒔いた。
スナップエンドウと絹莢とグリンピースの種はそれ以前に埋めた。
昨日、圃場の畝がほぼ完成した。
腐葉土を主体にした堆肥も鋤き込んだ。
しかし、これらの畝に作物が植えられるのは、今から1ヶ月後だ。
畝は早めに起こすべし。堆肥も早めに鋤き込んでおくべし。
雑草の種が発芽するのを待つんだ。
そして、その雑草の芽をレイキでやっつけてから作物を定植するんだ。
ナス科のトマトやピーマンや鷹の爪の早植は厳禁。
6月を待たなければならない。
ニンジンの早播きもよくない。
今は、ラズベリーの剪定をしている。
我が菜園の自慢はラズベリー畑。
毎夏、30㎏のラズベリーを収穫する。
ラズベリー畑は、丁寧な剪定が不可欠。
ラズベリーは、去年の春に地下茎から芽を出した新しい茎に翌年花穂を付けて、実を成らす。
去年、実を付けた茎は夏の終わりには枯れる。
木苺(ラズベリー)と草苺(ストロベリー)は、姿形は違うがその栽培法は似ている。
去年の枯れた茎と未成熟なそれを切り取る。
10本の茎の内、9本以上のそれを根本から切り取る。
ラズベリーの茎には細かい棘がびっしりとある。
よく切れる剪定鋏と皮のグローブと、
棘に掴まらない丈夫なガーデンアパレルで武装すること。
それから棘の砦みたいなラズベリー畑に突進していく勇気が必要だ!
我がラズベリー畑から出るその剪定枝は1000本以上だ。
以前は、それを庭の焚き火場に積み重ねて野焼きしていた。
それは、怖いほどの火力と火勢で燃え上がる。
しかし今は、それをストーブで燃やすように心掛けるようになった。
「急いで、片付けなければならない理由なんかないんだ。
自分は家庭菜園家だ。しかも、熱心な薪ストーブの愛好家だ。
薪ストーブの燃料として有り難く活用するべきなんだ」。
遅ればせながら、そう気付いたのである。
朝から薪ストーブに火を入れる時候ではなくなった。
さりとて、夕暮れになれば山の大気は冷え込む。
剪定鋏で短く切ったラズベリーの剪定枝をストーブにいっぱい詰め込んで、火を付ける。
それは、すぐに勢いよく燃え上がって、
ストーブサーモメーターの針が時計回りに旋回していく。
そこに、細めに割られた薪を4,5本投げ入れる。
部屋が、春の日溜まりの暖かさに包まれていく。
どこか、人が嫌がる寒い山に土地を見つけて、
薪ストーブの燃える小さな家を建てよう。
それから、木立を切り開きながら菜園を作ろう。
切り開いた木立で薪を作って、冬を過ごすんだ。
春が来たら、ラズベリーの苗も植えて、その生育を見守ろう。
夏になって、綺麗な赤い実が実ったら摘んで食べなさい。
Photoes by Yoshio Tabuchi