田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

薪焚き人とウッドワーキング

 別れはいつも突然
明日もきみと一緒だと思っていたのに……
きみはもうここにいない

何処にも行かなかった
誰とも会わなかった
薪ストーブを焚きつづけて
きみと暮らした

時は川の流れのように過ぎ去る
季節は巡る
だが 思い出は記憶の川床にとどまる

 
コガラが綺麗なソプラノで歌っている。
ゴジュウカラがリッチな口笛を吹いてる。雉が発声練習をしている……。
万物はまだ冬姿のままだが、妻が今日ジャケットのポケットから黄緑色のフキノトウを取り出して笑った。冬が終わったんだ。

♪ I’ll never forget you
        Kiss me as you go
        Goodbye

 

 

春は緑のドレスを着たヴィーナスです。
ボッティチェリの春の女神は、木花咲耶姫(このはなのさくやひめ)の妹です。
彼女はしなやかに歩く。彼女のドレスの裾が揺れる。
すると、そこに水仙の黄色がある。ムスカリの紫がある。

彼女は微風を従えて、何処へでも行く。
彼女の手はあたたかい。
ほっそりとした綺麗な指で、彼女はいろんな物に触る。
すると、瓶詰めの蜂蜜が溶けている。
薪山のどこかで冬眠していた、キベリタテハとスジボソヤマキチョウが目覚める。

彼女は白樺の木に微笑みかける。
すると、樹液が梢に向かって流れはじめる。

 

 

春風に誘われて、山を下りた。
街のショッピングモールを巡ってみた。
何か素敵な物が見つかったらショッピングしたかった。
タブチ君はショッピングマニアだ。
お金をどう稼ぐかは重要なことだが、
それをどう使うかは同じくらいかそれ以上に重要なことです。
何故なら、心ある素敵な商品に投資することが、健全な社会発展をもたらすからです。

でも、でも、欲しい物は何も見つからなかった。
なんだか、がっかりした気持ちで山へ帰ってきた。
一万円札握りしめて内需拡大に貢献しようと思ったのに……。

 

 

しかし、使うと決めたポケットマネーがそのままポケットに残っているのは、面白くない。どうしよう?
「そうだ! グレンスフォシュのカービングを買おう」と思った。
カービング・アックスは、木彫家や木工家のための片手斧。
もう、何年も欲しいと思っていた。
でも、わたし、すでに十何本もの斧を持ってるんです。で、我慢してました。

「しかし、あれは自分にしてみれば木工道具の一員としてあるんだ。
カービング・アックスへのインベストメントは、我が工房の設備投資だ!」。
そう決断して、ファイアーサイド株式会社に電話注文した。
カービング・アックスはすぐに送られてきた。

 

 

早速、試し切りしてみた。
斧身の首のくびれに人差し指を挟んで斧を握れば、
そこがこの斧の重量的支点になっている。
で、斧を握る腕を材に向かって下げてやれば、
斧身の重さで細かい細工をこなすことができる。
「なるほど! これがカービング・アックスなのか!」。
瞬時に、そう思った。

“カービング”は重量約1kg。
独特のカーブを持つ柄の長さは36cmと短い。
片手斧にしては重い斧身だ。
刃先が大きく湾曲して、その刃渡りは12cmもある。
この斧いいよ! 素敵だ! かっこいい!
新しい翼を授かったような気がしてうれしいな。

 

 

このカービング・アックスは大活躍してくえるだろう。
ウィンザーチェアーやサイドテーブルのプリミティブ・ヴァージョンを作ろうと思う。裏庭の木立を、毎年何本か伐採して薪にしている。
その折りに、大量の枝木が出る。
それを、椅子の脚やスピンドルに加工するんだ。
素朴的デザインのサイドテーブルやスツールの脚にするんだ。

 

 

タブチ君が作った最初のウィンザーチェアーを紹介致しましょう。
この椅子の材は、座板のそれ以外は全て庭の枝木で作られている。
椅子の脚の強度を補強しているニーサポートは、
曲がった枝木をそのまま加工している。

この椅子の座板の裏面には、彫刻刀で1984年と刻印されている。
この山に引っ越してきたのは、1982年の秋だった。
今にして思えば、その頃わたしはろくな道具を持っていなかった。
にもかかわらず、わたしはこの椅子を作った。
この椅子は、この山暮らしへの夢と祈りの賜として作られた。

 

 

何か素敵な物を捜してるんだが、何処にも売っていない。
だったら、自分で作るんだよ!
夢と祈りがあれば、きみにだって素敵な物を作ることがきっとできる。

自分がそうだったから言うんだけど、薪焚き人に一番近い手作りは木工です。
わたしのウッドワーキングは、丸太の原木から薪を作るうちに、ごく自然と踏み入った世界としてある。
 
木工愛好家の夢に応えてくれるプロショップを紹介しておきましょう。
場所は東名清水インターのすぐ側、店の名前は“工房スタイル”。TEL(054)361ー1070

 

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