田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

Song at the Beginning of Woodstove Season. 初秋の歌

秋になると、どうして遠くの音が聞こえてくるんだろう?
沢音が遠く近く聞こえている。
手斧で薪を細く割る音が、庭に木霊する。
その薪を薪小屋に積んでいく音が、妙にはっきりと聞こえる……。
まだ健やかなこんな時候には、朝起きたら細い薪でひと焚きしてやればそれでいい。

秋になると、日差しが透明になる。
万物がその光の中でまどろみながら、夏にさよならを言ってる。
蝉と鳥たちの声はとだえた。
紅葉を待つ木々の葉はそよりともしない。
つい昨日までTシャツ姿だった。
今朝はもうフリースのジャケットを着て、ストーブに火を起こしている。
煙道から立ち上る煙が庭に下りてきて、懐かしい煙の匂いがする。

薪ストーブの煙の匂いとなってやって来たこの秋を、さあー見守ろう。

台風15号がそこいらじゅうに大雨を降らした。
千曲川は二十数年振りの大川になった。
岩魚釣る流れも変わって、川岸はピカピカに磨かれた。
そして、この家に来る水道管が流された。
断水だ!
我が家の水道管は裏庭を流れる涸れ沢の河床を潜っている。
その沢床が1メートルも抉られて、水道管が引きちぎられた。

沢水が退かない。
水道管の修復工事が遅れている。
秋になって木々が水を揚げなくなっているんだ。
樹齢50年のミズナラの木は、夏には1日で200リットルの水を大気に蒸発させるという。
花瓶の水が生けた花に吸われる水のことを思えば、さもありなん。
で、我思う…。
「川の岸辺は、緑の樹林帯にしておけ。沼地や湿地や低地ははそのままにしておけ」と。

わたしが毛鉤を振る川の土手には、幾筋もの縞模様が描かれている。
流れが描いたこの縞模様は、我々にこう伝言している。
「人生も家も高いところに築け」と。

断水とは、水道栓をひねっても水が出てこないということだ。
わかってはいても、つい蛇口のハンドルをひねっている自分がいる。
断水は笑える……。
断水は水道の便利さをつくづくと思い知らされる。

水道課のお兄さんが、20リットル入りのポリタンクを3個持ってきてくれた。
隣人の水道から、車で水を運べばどうということはない。
洗い水は沢水をバケツで運んでいる。
その沢水を飲んでみれば、村営水道の水よりも冷たくて美味しい。

洗面や台所で使う水は、1日40リットルもあれば足りる。
バックパッキングやキャンピングをさんざんやったからね。
やきもきすることはなかった。
風呂は村の旅館の温泉を使わしてもらった。
それはそれで、隣人との社交を楽しめてよかった。

不便はトイレだ。
水洗トイレは大量の水を消費する。
幸い、バスタブには水が張ってあった。
2鉢ある天水鉢は雨水で満たされていた。
その水をトイレの水タンクに入れている。

断水時に便利だった物。
それは、バケツと琺瑯の水差しと、それから大小2つのカッパーケトルだった。

断水して1週間になるが、蛇口からはまだ水が出ない。
でも、平気さ!
断水して、停電して、プロパンガスのボンベと石油タンクが空になっても大丈夫。
電気がなくても生きていける。電話もパソコンもね。

なければないで、昔にタイムスリップして生きるだけのことだ。
それはそれで、そこには目から鱗の贅沢な暮らしがあるかも知れない。
毎日がアドベンチャラスな、アウトドアアクティビティーの歓びがね。
その分、電気代も、ガス代も、電話代もいらない。

タイムマシーンなんていう機械を考える奴はクルクルパーだ。
電気を止めてしまえば、人は過去を旅することができる。
10年間ノーエレクトリーシティ・リビングやってから電気のある暮らしに戻ってみれば、
人は10年後の未来を生きることができる。
実を言えば、人は過去と未来を自在に往き来することができるんじゃないだろうか?

そのような見地から日常生活をみつめてみれば、薪ストーブほど面白い道具はない!
薪ストーブはタイムマシーンなんだ。
薪ストーブに火を起こしてみれば、人はたちまちレトロな暮らしの良さを楽しむことができる。
家に薪ストーブがあるということは、19世紀の良いとこ取りをしながら21世紀を生きるということだ。

すべてのエネルギーを電力に変えて、文明の豊かさ享受しようという考えは古いよ。
薪エネルギーの豊かさと便利さを電気に変えるなんて破廉恥だ。
薪エネルギーは薪エネルギーだ。
それを、バイオマスなんて呼ぶな。
薪炭は、シンプルであるが故の永遠のエネルギーだ。
シンプル・イズ・ベスト。原発は時代遅れだ。 

この森暮らしの家には、アンコールと2台のイントレピットと、
それから台所にはスウェーデン製の薪焚きクッキングストーブがある。
そして、薪小屋には乾いた薪がね。
もしかしたら、タブチ君は50年後の未来を暮らしているのかも知れない。
彼は新し物好きだからね。

山が、森が、沢音が、アンコールの黄色い炎が……
秋から冬へのプレリュードをアダージョで歌っている。

Photoes by Yoshio Tabuchi

 



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