寒山小夏日和
霧はやがて雨にかわり、雨は霙まじりのうらぶれの秋雨。
頭は重く、心はメランコリック。
アンコールには朝から火が入っているのに、部屋はなぜかうそ寒くて…わたし風邪をひているんだろうか?
このまま、季節は冬に落ちていくのだろうか……と思いきや、暖かい風が雨を吹き飛ばし、雨雲を吹き飛ばし、今日はオレゴンの秋のインディアンサマー。
沖縄には“小夏日和”という日があるが、それはハイランドの秋にもある。
小夏日和に誘われて、蜜蜂がはしゃいでいる。
巣箱の周りを飛び回っている。
うらぶれて寒い日がつづいたからね。
嬉しいんだ。
乾いてボーと暖かい山の小夏日和だもんね。
こんな小夏日和の秋の日だったら、あなたなら何をしますか?
わたしは、一日中蜜蜂を見ているかもしれない。
薪ストーブを持たない蜜蜂にとっては、長く厳しい冬がもう始まっている。
蜜蜂は、冬眠しないで成虫で越冬する。
蜜蜂が巣房に蜂蜜を蓄えるのは、自分たちの子供のためであり、また花蜜のない冬の貯蔵とするためだ。
蜜蜂は体を寄せ合って、羽根を振るわせて体内温度を高めながら自分をエアコンにして、巣箱内の温度を保つ。
巣房の蜂蜜を食べながら、蜜蜂は花咲く春を待ちつづける。
自分の庭の“ガーデン・ハニー”を採蜜して、その恵みに舌鼓を打つのはアマチュア養蜂家の特権である。
また、この美味しい蜂蜜をごく親しい者達にお裾分けできるのは、蜜蜂を飼う菜園家の歓びである。
しかし、庭で養蜂が嗜まわれることで、最大の恩恵に浴するのは菜園の作物であることを報告しておこう。
葉物はその限りではないにしろ、実物はおしなべて蜜蜂の恩恵に浴する。
どう報告すればいいんだろうか……。
庭に蜜蜂の巣箱がなくても、野生のニホンミツバチがいるし、ハナマルバチがいるし花アブがいる。
また、虫媒による受粉なしで自家受粉する作物もある。
しかし、菜園に数千数万の蜜蜂が飛び交っていることの、作物への恩恵にはもの凄いものがあるんだ。
蜜蜂は苺とラズベリーの花蜜には目がない。
で、この夏、苺とラズベリーはこの三十年間で最良の収穫となった。
庭で真っ赤に色づいたパプリカは、美味しい物だ。
でも、この寒い山の庭でパプリカを赤く色づかせるのは、難しかった。
それがどうだ!
この秋は、大きく色づいたパプリカのラッシュだった。
それは、絶対に蜜蜂の御陰だ。
種から種へ。
わたしは、できる限り自分の庭で採取した種から、作物を育てるよう心掛けている。寒い山の庭で園芸を嗜み侍りければ、ごく自然とそうなっていった。
この国で市販されている作物の種は、平均的な温暖地で採取された温暖地向きのそれだ。
作物の種は、その庭で三世代以上更新すれば、その庭に適合した種になる。
わたしの菜園のトマトの種は、20年以上この庭で更新している。
より良い種を採取したければ、蜜蜂の力を借りるべきだろう。
自給自足的菜園家は、庭で養蜂を嗜むがよき候。
小夏日和の日差しの中を、赤いテントウムシが飛び交っている。
そして、真新しい外壁の板壁に集まろうとしている。
日差しに暖められたこの板壁は、家の外壁の何処よりも暖かいんだ。
テントウムシは成虫のまま、集団で越冬する。
カメムシもそうだが、好んで人家の何処かを越冬場所に選ぶ。
薪ストーブの煙突が内蔵されているチムニーは、成虫で越冬する昆虫の一番人気だ!
この十月は、家の外壁のリノベーションに励んだ。
軒天井も含めれば、10坪はくだらない西側の大きな壁だ。
金峰山川の畔、新田橋の横に独りで立派なログハウスを建てた男、釣り好きの宮川兄の協力を得て、それは為された。
三十年以上経った板壁に、40センチの間隔で桟木を打ち付けた。
桟木と桟木の間に断熱材をはめ込んで、新品の杉板を張った。
ドイツ製の屋外用塗料(明るいグレーカラー)を二度塗りした。
窓枠はスカンジナビアンレッド。
その額縁はカントリー・ホワイト。
宮川兄と二人で10日間の大工仕事だった。
欠陥のない住宅などない。
その欠陥をひとつずつ、年月を掛けて改築していくことをハウスリノベーションという。
この家のハウスリノベーションは、多分これが最後だ。
小夏日和の日差しに暖められている真新しい外壁を、わたしはうっとりと見つめた。
この家は、30年以上経って、今が一番立派だ。
張り足したばかりの板壁に好んで飛来するテントウムシが、それを証明している。
わたしにとっての木工は、自分への保険であり、それは老後のソーシェル・インシュランス(社会保障)としてある。
木工場とそこの設備への初期投資は、保険金だ。
癌を患って、「癌保険に入っていてよかった!」は変でしょ。
長生きしたいのに、生命保険に入るのも変だ。
家族のため? そうかも知れない。
でも、「多額の保険金が入ってしまったために、残された家族がかえって不幸になった」という話はよくあること。
家族を思うんだったら、よい食物を食べ、自愛して長生きしていつまでも稼ぎなさい。
思うに、保険は自分で自分に掛けるべきだ。
3年掛けて、自分で自分のログハウスを建てた宮川さんもそうだ。
彼は、納得のいく家を建てた。
そして、その過程で多くのことを学んだ。
彼は若いし体力にも恵まれている。
今や立派な大工だ。
我々は、二人で“コールドマウンテン・ハウスリノベーター”という会社を立ち上げることだってできるだろう。
瀟洒なウィンザーチェアーのご用命は、CMCM(コールドマウンテン・チェアーメカーズ)に。
マイホームの改築は、CCHR にお任せください。
Photoes by Yoshio Tabuchi
隔月連載。次回の更新は12月下旬です。