田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

Love me as I love you

「森に赴きそこに住むことの魅力のひとつは、
春の到来を目の当たりにする歓びと機会に恵まれていることだった。
池の氷は蜂の巣状になり、歩くときにその穴に踵を突き刺すことができた。
霧と雨と暖かくなった日差しが、しだいに雪を溶かしている。
昼が目に見えて長くなっていく。
大きな火はもう必要なくなったから、
薪山に薪を補充しなくても冬をやり過ごせることがわたった」。
 ヘンリー・D・ソロー(ウォールデン)

 

 

昨日、この冬初めて朝の気温が氷点下ではなくなった。
日中の気温が突然10℃にもなった。
サンルームの室温が25℃を超えた。
80日振りに、アンコールの火が消えた。

そこで、アンコールのストーブメンテナンスに精を出した。
先ず、煙道を掃除した。
炉室に落ちた煤と灰を取り除いた。
それから、コンバスターを取り外して、
2次燃焼室の灰を業務用の掃除機で綺麗に吸い取った。
コンバスターをクリーンアップした。
傷みやすい天板のガスケットを新品にした。

★ホームユースの掃除機で、灰を吸い取るときには細心の注意を。
火種が一粒でも残っていれば、掃除機のダストバックで生きつづける。
そして、数時間後に発火するだろう。

 

 

夕暮れになっても、日中の暖かさが残った。
アンコールを暖炉モードで楽しむことにした。
フロントドアーを全開にして、新しい火を起こした。
ファイアースクリーンをセットした。
部屋の照明を暗くして、オイルランプを灯した。

春立ちぬ 夕暮れ淡し
カラマツの 黄色い焔 爆ぜて華やぐ

ミズナラの薪がAAA なら、カラマツのそれはシングルA と言わざるをえない。
しかし、カラマツの薪にも美徳がある。
火持ちは良くないが、火の立ち上がりがいい、黄色い焔が明るくて綺麗だ。
加えて、炎が爆ぜて音響効果がロマンチックだ。
松ヤニが小さな爆発を起こして、音を出すんだろうか?

 

 

日中の気温が氷点下のままの日々がつづいた。
朝は、−15℃。−20℃まで冷え込んだ朝もあった。
いつになく、厳しい冬だった。
気温差10℃が人に及ぼす影響には、際立った実感がある。
今日は昨日ほどではないが、それでも5℃ある。
なんだか、暑く感じる。
張りつめていた肩の緊張がほぐれて、気怠い。

雪が消えた庭の枯れ芝をツグミが歩いている。
もうすぐ、アカハラが冬の休暇から帰ってくるだろう。

 

 

イカロスの風袋には、雪雲と冬将軍の風がまだ残っている。
またの冬が、雪を呼び戻して冷たい風を吹きつけてくるだろう。
だが、眩しい春の日差しに追われて、冬は高山への退却を強いられるだろう。

おもうに、昨日今日の我が庭は、高山の初夏の箱庭のようだ。
雨樋から落ちる雪解け水が雪原を穿って、冷たい水を湛えた高山湖を造っている。
そこから、水があふれて谷の雪田に流れ出している。
その水をすくって口に含めば、高山の雪渓から流れ出す沢水の味がした。

 

 

シャクナゲの蕾が膨らんでいる。
リンゴの木の根元が溶けて、土のドーナツのよう。
地中の熱が根から幹に送られている。
また、昼間の陽光で温められた幹の熱が根元の雪を溶かす。
で、木々の根元は、何処よりも早く雪が溶ける。
サンルームに置かれた鉢植えのフレンチタラゴンが芽吹いている。

「夏はずっと我々の側にいて、雪の毛布を羽織って眠っているだけなのだ。
 やがて、コガラが舌足らずな声で囀るだろう」
   (ウォールデン)

 

 

春の夢が膨らむ。夏の計画が目覚めていく。
菜園の食料増産五カ年計画は、この春が最終年だ。
秋にカラマツを3本倒して、新しい圃場の準備は整っている。
連作がつづいたラズベリーの畝を壊して、新しいラズベリーパッチを作る。
玉葱と人参とカボチャを増産して、
冬のルートセラー(野菜貯蔵)を潤沢なものにする。等々。

老朽化したガーデンシェッド(物置)を新築する。
それから、パーキングロッドの一角に、新しい薪小屋を新設する。
薪山の野積みは、スマートとは言えない。
トタンで雨覆いしたにしても、どうしても雨に濡れる。
雨に濡れた薪は、その質量を損なって火力を減じる。
また、風雨に晒されて汚れる。

新築したガーデンシェッドに整理整頓されたガーデンツールスを、
うっとり眺めていたい。
薪小屋で、きっちり満二年間乾燥させて薪を焚きたい。

 

 

高山の山脈をバックパッキングで縦走した。
でっかい岸壁をよじ登って、
エーデルワイスが人知れず咲く岩棚でビバークしたこともあった。
オレゴンとモンタナの川でアメリカの鱒釣りの夢を釣った。
旧ユーゴスラビア時代に、
クロアチアの高原を訪ねて村に来た最初の東洋人になった。

旅やアウトドアーアクティビティーは気の利いた娯楽だが、
ガーデニングと薪作りはそれよりもっとスマートな娯楽だと悟った。
青い鳥はこの庭にいて、
こぞの夏にはオオルリが家のベースメントの石積みで巣作りして子育てした。
わたしは、もう何処にも行かない。
この家とこの庭にいて、仙人やることにした。

 

 

庭は、われわれに最も身近な自然であり、
どう生きればいいのかを教えてくれている哲学の先生である。
宇宙の深淵は、われわれの足元にこそあると知ったのだから、
わたしはこの足元を見つめていたい。

春立ちぬ日に、まだ雪が残る庭と我が赤いアンコールを愛でながら、
わたしはこう歌おう。
 ♪Love me as I  love you.

 

Photoes by Yoshio Tabuchi

隔月連載。次回の更新は4月下旬です。

 

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