田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

薪焚き人の椅子作り

ウィンザーチェアーの座面をシェイビングしている。
豆反り鉋(まめぞりかんな)で、その曲面を整えている。
根気のいる手仕事だが、曲面の仕上げ的シェイビングは旧来からのこの工法に行き着いた。
2014年の夏を、豆反り鉋でカリカリと削っている。

この夏は、10脚余りのウィンザーチェアーを仕上げた。
7月8月の来る日来る日を木工に興じた。
山桜の堅さ、その滑らかさと戯れた。
たかだか死んでいくまでの人生の、今日一日を、
好きな木工で暇つぶしすることができてよかった。

 

 

1982年の秋に、この寒い山に辿り着いた。
来たときの道は忘れてしまった。
私は山に住む浦島太郎になった。
太郎は愚かよのー。
わたしだったらずっと竜宮に居ただろう。

以来、ずっと木工に興じている。
フルタイムの木工家ではないので、その道行きはベリースローだった。
今もそうである。
だが、30年以上木工に興じてみれば、自分の木工術に自信もつき、
人に誇れる何かを習得しつつあると自負したい。

愛好家は、愛好家であるがゆえに、
プロの垣根を心ならずも飛び越えてしまうことができる……
ということがあるんじゃないだろうか?

 

 

わたしの木工のルーツは、熱心な薪焚き人である事から来ている。
チェンソーで木を伐り、斧で薪を作ってみれば、
そこから見えてくる木への造詣が芽生える。

「わたしも燃やしてしまうの?
わたしを加工して研いでくれれば、
わたしは美しい木工品や椅子の部品になれるんですけど……」。
そういう声が、聞こえてくる。

 

 

で、ウィンザーチェアーを作りはじめた。
わたしの木工の出発は、もともと自給自足的なそれとしてあった。
最初のウィンザーチェアーは1986年に作られた。

薪材である楢の丸太から、チェンソーで座板を切り出した。
それを加工し、ドリルで円溝(まるみぞ)を穿った。
そこに枝木の脚とスピンドルを差し込んだ。
斧で割られてカーブしている薪を加工して、背板とした。

最初の椅子は、木工への憧れと祈りによって作られた。
それから、憧れが情熱に変わり、木を敬う心がわたしの木工をバックアップした。

 

 

椅子(chair)は背もたれのある腰掛けのことだが、
人類最古のそれはウィンザーチェアーだったのではなかろうか?
わたしが最初に作ったそれがそうであったように、
厚い板に穴をあけて、そこに枝木を差し込んだ椅子。
それがウィンザーチェアーだ。
スツールやベンチやテーブルも、そのようにして作ることができる。

郷土資料館や、開拓時代の物品をコレクションした彼の地の博物館を訪ねてみれば、そのようにして作られた椅子やベンチやテーブルを観察することができる。
素朴だが、それらの木工品はおしなべて美しい物である。
なぜならそこには、よりよく生きたいと願う先人の祈りが宿っているからである。

余談になるが、“素朴”の朴には木がある。
卜は、占うという意味。漢字は奥深い言語だ。

 

 

椅子は、肉体的な家具であり、パーソナルな物だ。
自分の体形や身長に最適な椅子に腰掛けるべきである。
日本人は、つい昨日まで畳の上で暮らし、椅子のない生活をしていた。
で、我々は椅子の価値やその機能に無頓着になりがちなのではなかろうか。

日本人に腰痛持ちが多いのは、それと気付かないままよくない椅子に掛けつづけているからなのではなかろうか。
腰痛に悩んでいる人は、先ずもって自分の椅子を見直してみることを助言したい。

我々は就寝時間と同じくらいか、それ以上の時を椅子と共に暮らしている。
人は、一生の間にどのくらいの時を椅子と共に暮らすことになるのだろうか。
そう考えれば、椅子のランニングコストは極めて低廉なものだ。

 

 

よい椅子の分析は、人間工学的な見地から科学的に為されている。
座面の巾と奥行き。
座面の前後傾斜角度。
背もたれの傾斜角度とその高さ。

背もたれの巾は十分に広く、肩がすっぽりと収まる高さであるべきだ。
そして、同じデザインの椅子であっても、座面の奥行きと脚高とのバランスの良さが、その人にとっての掛け心地を運命づける。

 

 

クロスや革張りの椅子は、ウレタンフォーム等の緩衝材をマットにして、掛け心地をソフトなものにしている。
しかし、緩衝材は平面として張られている。
だから、尻と腰は本当には収まっていない。
で、掛け心地が不安定になり疲れる。

 大衆食堂であれ高級レストランであれ、掛け心地のいい椅子に出会ったことがない。
それは、食事を済ましたらさっさと帰って欲しいからである。
彼の地のレストランで、掛け心地のよさそうなウィンザーチェアーが置かれた一角があった。
その椅子が置かれたテーブルに付きたいとリクエストした。
そうしたら、断られた。そこは、金持ち的常連の席なのであった。

 

 

私が作るウィンザーチェアーの座面は、尻の形に彫られている。
座板の板厚は43ミリ。
最深部で25ミリ、シェイビングする。

フットプリント状にサンダル面を成型してあるビルケンシュトックのそれは、履き心地に優れている。そして、健康にいい。
一足一万円以上と高価だが、ロングライフだしサンダルはビルケンと決めている。
ウィンザーチェアーの座板の曲面は同じ理屈で彫られる。

 使い手に最適なデザインのウィンザーチェアーを、
その座面の奥行きと脚高を調整しなが作っている。
年間20脚ぐらいのそれしか作れない。
で、広告はしない。
「そういう椅子作り人がいてもいいじゃないか……」
というのが寒山家具工房の言い分である。

Illustration 田代和泉 「野遊び道具」田渕義雄著(小学館 1993年刊)
Photo 田渕義雄

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隔月連載。次回の更新は10月下旬です。

 

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