エッセイ集 薪ストーブの里から

田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

Smoke cookery in the garden 「薪焚き人の薫製術」

クロスカントリースキーには遅すぎ、渓流釣りには早すぎる三月。
冬用の厚い靴下を履いていようか、それとも薄手のそれにしようか、いつも迷う三月。
残雪の野面を渡る風は冷たいが、さりとて家に閉じこもっているには陽光が明るすぎる三月。
薪作りにはいい季節なのだが…きみのことを今は考えたくない。
それよりも、春がどのようにしてこの庭にやってくるかを見守ろう。
季節の曖昧さを託(かこ)って閑暇を得ることは悪いことではないだろう。
なぜなら、時を無駄遣いすることは非常に楽しいことだからである。

で、山の三月燻煙月。
全てを忘れきみを忘れ、三月の日がな一日を薫製作りに興じる。
薫製作りは、時を無駄遣いすることが好きな薪焚き人の特権であることを報告したい。





薫製作りのよさは、”初心者であっても失敗がない”ということである。
薫製の本を繙いてみれば、難しそうなレシピがいろいろに書いてある。
それはそれで意味のある情報なのだろうが、我々は薫製業者ではない。
我々はホームメイドの薫製を作って自家消費したいだけのことだ。
大切なこと。それは、”薫製とは塩漬けした肉や魚を煙で燻す素朴な保存食的調理術のことである”ということだ。
それは、人類が“火”を発見して以来からずっと受け継がれてきた調理法としてある。
薫製を“美味しい”と感じる味覚は、数万年かそれ以上昔から受け継いできた我々人類に共通するDNAの記憶からきているのだろう。

木材の煙には多量のクレオソートが含まれる。
クレオソートは様々なフェノール類の混合物としてあり、それは防腐剤や整腸剤や鎮痛剤として用いられる。
つまり、塩漬けした食材をクレオソートの煙で燻した保存食として薫製がある。
薫製は食欲を増進し整腸効果のある食物だといえる。
しかし、その薬効上、薫製の食べ過ぎは慎むべきだろう。
また、保存食であっても、ホームメイドのそれは長期間の保存を控えるべきだ。
この家では、3週間で食べ尽くすように心掛けている。
 

☆スモーカーと燻煙材について



わたしのスモーカー(薫煙器)は、鋼板で作られた円筒状のそれ。
火種を置く深皿が底の部分にセットできるようデザインされているだけのシンプルなものだ。
この深皿にストーブの灰を詰めて、灰に炭火を埋める。
その炭火にスモークチップ(燻煙剤)を乗せて燻煙する仕掛けだ。
炭火は、薪ストーブの炉室で簡単に起こすことができる。




専門店に出向けば、様々な種類のスモーク剤が売られている。便利なものだが高価だ。
私流の薫製作りだったら1万円分のそれが必要になるだろうか。
薪焚き人なら、スモークチップは自給すべきだ。
薪山の中からよい香りのする材を選んで、手斧で笹掻きすればいい。
ミズナラ(オーク)と山桜、それからリンゴの剪定枝がわたしの燻煙材だ。

チェンソーで丸太を1寸ほどの厚みで横切りして、それを手斧でチップにしてもいい。
ただし、チェーンオイルが材にしみこむので注意。
こういう時には、天ぷら油やサラダオイルをチェーンオイルの代用とすれば安心。
 

☆食材と塩漬け



いろんな魚を薫製にしてきが、わたしのお薦めは秋刀魚だ。手に入りやすいし安価。
この季節だったら、鰊が旬。鰊の薫製は北欧人の定番。
北海道産の新鮮な鰊があればね。でも、村のグロッサリーにそれは来ない。

秋刀魚や鰊は三枚におろす。内臓を綺麗に取り去って、小骨抜きで小骨を始末しておけば食べやすくなる。
琺瑯のバットに食材を並べて、海水と同じ濃度の塩水で一晩冷蔵庫で塩漬けにする。
ベーコンは、バラ肉に塩をたっぷりすり込んでから、押し蓋に重しをして冷蔵庫に2日程置く。
肉の水分が揚がってきて塩漬けに。
 

☆塩抜き 
塩漬けた食材は塩分が強すぎる。水道水をちょろちょろ流しながら1時間ほど真水で塩抜きする。
 

☆風乾



薫製作りの秘訣は、実はこの風乾にある。
燻煙する前に、食材を如何に風乾するかがその出来上がりを左右する。
雪原を渡って来る三月の乾いて冷たい風が風乾の理想だ。
つまり、食材を凍らせることなく、冷たい大気でその水分を取り除いてやることが肝要なのだ。
朝、真水で塩抜きした食材を、写真のようにして半日風乾してやろう。
 

☆燻煙



風乾までの行程を手際よくこなせることができれば、燻煙は煙任せ。
とはいえ、燻煙材が燃え上がってスモーカーの中の食材がローストされてしまったり
焦げてしまわないように煙の番を怠ってはならない。
スモーカーにずっと手を突っ込んでいられる温度を保とう。
ガーデンチェアーに腰掛けて、推理小説か好きな詩集のページを捲りながら煙の番をして時を無駄遣いしよう。
魚の開きだったら3~4時間。ベーコンなら6時間以上の燻煙というのがわたしの目安だ。
野趣に富むホームメイドの薫製は、商業的なそれよりも断然美味しい。




 

★薪ストーブ業界への提言!
薫製術への通暁は、薪焚き人に新たな地平をもたらす。
そうであれば、全国の薪ストーブ屋さんは、素敵なスモーカーと薫製術情報の供給源でもあればと思う。


Photoes by Yoshio Tabuchi

Fire woods 「人生いろいろ、薪もいろいろ」

薪小屋の薪山が日毎に低くなっていく。やがて一山二山と消えていく。秋には軒先からはみ出すほどに積み込まれていたのに、今は軽自動車を収納できるほどのスペースができてしまった。哀れ薪山の薪。燃えゆきて儚し。されど、それが汝の定め。己の務めを夏が来るまで潔く果たしつづけよ。アーメン。

11月、12月、1月の3ヶ月間の間に、1年分の薪の5分の3が燃え尽きてしまう。「老後の資金を思っていたよりも早く使い果たそうとしている…」。薪小屋に薪を取りに行く度に、そんな気がして切ない。
しかし、日差しが日毎に明るくなってきた。サンルームに光が満ちあふれてきた。夕暮れが日毎に遅くなってきた。これからは、日中に消費する薪の量が日毎に少なくなっていくだろう。





1月は逝った。2月は逃げる。3月は去る。
実を言えば、もう春は始まっているのだ。光の春。雪がその光をいっそう眩しいものにして、これからは1年中で一 番明るい季節だ! みんな、よかったじゃん。旧暦にて、迎春のお歓びを申し上げます。今年も薪作って、薪焚いて、楽しく暮らしましょう。

渓流釣りにはまだ早すぎる2月、3月。さりとて、一日中インドアに閉じこもっているには日差しが明るすぎる日。薪作りで、筋肉に活を入れて体を暖めるにいい季節の到来である。
冬中凍り付いていたチェンソーに息吹を吹き込んでやろう。斧を研いで士気を鼓舞しよう。この季節に薪を作って、来シーズンに備えるのがスタンダードな薪作りのあり方でもある。





薪エネルギーとしての薪の優劣を問う質問をよく受ける。自分の考えはこうだ。
薪は地産地消のエネルギーとしてある。それがどんなに優良な樹種からなる原材であっても、遠距離から運ばなければならないものはよい薪とはいえない。なぜなら、運搬費用が薪のコストを大きく規定するからである。

「俺は金持ちだからコストの高さは厭わない」と言う人がいるかもしれない。しかし、貴重な化石燃料を消費し、タイヤのゴムを磨り減らして、排気ガスと二酸化炭素をまき散らしながら遠くから運ばれてくるそれは、不道徳であり倫理観が欠如した薪だと言わなければならない。
それは、他人の海であるソマリアの海や南太平洋から運ばれてくるマグロのようなものだ。私が言いたいことはこういうことである。「一番 いい薪は、一番手に入りやすい身近な薪のことだ」と。





自分のエリアの人工林で除間伐され、木材としての価値のない間伐材。それが、だだ同然で手に入るものなら、それこそが最高の薪だ。「木材として価値がない」と判断された間伐材は林野に放置される。放置された間伐木は林野の健全な生育を妨げ、人がその森に踏み入る障害となる。
進歩的な最新レポートによれば、「人工林の樹木は人に見つめられ愛されることで元気になり、その生育が早まる」という。

林野に放置された間伐木は、酸素を吸収して炭酸ガスを放出しながら緩やかな酸化の課程を経て数十年かかって朽ちていく。その間伐木を運び出して薪エネルギーとして活用することは、その間伐木の酸化の過程を薪ストーブの炉室で人為的に執り行うこである。

つまりこの場合には、薪焚き人は名実共に炭酸ガスをいっさい排出していないことになる。そればかりではない。林野から障害木を運び出したことで、我々は樹木がより多くの酸素を作り出す手助けをすることになるのだ。





薪ストーブの普及と共に、間伐木や障害木が只で供給され始めている。それは有益な廃棄物として広場や空き地に積まれて、「ご自由にお持ち帰りください」という看板が添えられる。行政の側にしてみれば邪魔者を処分するコスト削減になる。一石二鳥の市民町民村民サービスとしてそれはある。

湘南の海辺に住んで薪ストーブを愛用している友人がいる。彼のウィークエンドは、そのような薪木を愛車に詰め込んでくることに費やされる。そのせいで、彼のBMDは、いつも木屑で汚れている。軽トラ買えばいいのに…と思うのだが、「このセダンで、薪拾って薪焚いて暮らすから楽しいんだよ」というのが彼の弁だ。

とはいえ、山深く住み侍りけるタブチ君の場合にはそうはいかない。高冷な我が寒山では、薪ストーブ普及率はたぶん日本一だ。で、只の薪木はどこにもない。皮肉なものである。四方を林野で囲まれている山村では、みんなが薪を焚きたがるのでかえって薪木が貴重なのだ。





私は知り合いの林業家から高価な薪木を買っている。彼とは25年来の友人関係を育みつづけている。その甲斐あって、この家の薪はいつもスーパーAAAだ。この冬に焚いている薪は、その90パーセントがミズナラ。言いたくないけど、ミズナラの薪はカラマツの五倍以上の価値があることを報告しておかなければならない。

薪焚き人の人生もいろいろ。薪もいろいろ。薪エネルギーのコストにグローバルな相場はない。
薪木の需給は個人的にスマートにやりな! 
よい供給人と出会ったら、彼の誕生日に一升瓶かワインを贈るのを忘れないように。
そして、彼のことは薪焚き人仲間には秘密にしておこう。


Photoes by Yoshio Tabuchi & Paul Kastner

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