田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

薪ストーブとトマト

朝は眩しい夏の光があるのだが、午後になると雲で日差しが覆われていく。
山々が雲を集めて雲に隠れる……。

雨粒が落ち始める。
山脈を覆う黒い雲に閃光が走る。
沛然として驟雨が来る。
大粒の雨粒がサンルームのガラス屋根を叩く。
その雨粒が雹に変わらないことを祈る。

 

 

積乱雲が崩れて、氷の粒になって落ちる。
氷の粒は落ちながら溶けて、雨粒になる。
熔けきらなかった氷の粒が、そのまま地上に降る。
それが、雹だ!

山深く住み侍りければ、一、二度の雹害に見舞われるのは覚悟の上だが、雹はおっかない。
キュウリ、カボチャ、メロン、スイカ…ウリ科の野菜は特に被害を受ける。
その柔らかくて大きな葉が、雹の直撃弾を受けて破れてしまうんです。

 

 

 「成育中のトマトは、カリ肥料を好む。
どん曇りのウェットシーズンにはより多くのカリ肥料を与えるといい」。
最近読んだアメリカの園芸書に、そう書いていた。
「これだ! この情報を探してたんだ」と思った。
頭上で200ワットの電球が灯った。

トマトは、馬鈴薯と同程度の酸性土壌を好む。
pH (ペーハー=水素イオン濃度指数)では5ー5.5とされている。
この酸性度は、ブルーベリーが好むそれに次いで強いものだ。
pH5は、非常に湿潤で石灰が欠乏している気候帯の土壌だ。

熱心な薪焚き人であり、また熱心な園芸家であってみれば、わたしは、潤沢な木灰をカリ肥料として多用する。
有機肥料としての木灰の構成要素パーセントは、「窒素0,リン酸1.5、カリ7」とされる。
木灰中のカリ含有量は、他の有機肥料と比較して断然高い値だ。
「木灰は、園芸家の祈りに応えてくれる魔法の灰」と言われる所以がここにある。

 

 

多くの作物は、pH6~pH7の中性土壌を好む。
木灰はアルカリ性の水溶性ミネラルとしてある。
なので、安心して庭に撒くことができる。
我が菜園では土壌を中性化するための石灰は撒かない。
木灰が、その役割も担ってくれるからである。

 さて、この話の要点はこういうことです。
トマトは酸性土壌を好む。
だから、トマトの圃場には、土をアルカリ化する木灰を撒くことを控えていた。
しかし、「その生育の初期と雨期には多用すべし」というご託宣があった。
わたしはこの神託に耳傾けて、トマトの畝に木灰を撒いた。
雨期になってからは、より大胆に木灰を投入した。
酸っぱい土が好きなトマトに、アルカリ性の甘い木灰を与えることは二律背反しているように思える。
だが、その結果はすこぶる良好といえる。

 

 

ウッドアッシュ、木灰ってなんなんでしょう。
木材(薪)は、純粋な炭化水素ではない。
木材には、不純物としてのミネラルが含まれている。
また、樹皮には外部からもたらされた様々な物質が付着している。
木灰は、これら不燃性のミネラルが、ストーブの燃焼にともなう熱と十分な酸素にさらされた酸化物としてある。

その主成分は水溶性の珪素だ。
珪素はガラスの原料であり、陶器の表面に塗る釉薬は水に溶かした木灰が使われる。珪素は、水辺の植物に多く含まれている。
水に溶けてそこの土壌に堆積するからだ。
水辺を好むイネ科の植物の葉がカミソリのように人の皮膚を傷つけるのは、珪素(ガラス)を多く含んでいるからだ。
そして木灰には、植物に必要な微量要素である亜鉛、硫黄、マグネシュウム、マンガン、モリブデン、ホウ素、等々が。

有機カリ肥料である木灰は、植物の精力を培い、持久力を高める。
カリ肥料はスタミナの元だ。

 

 

この家の薪ストーブライフからは、毎年100キロ以上の木灰が産出される。
「1エーカー(約1200坪)の畑には、500キロの木灰を撒け」というから、我が庭にしてみれば過不足のない量と言える。

木灰は、雨水に溶けて地中にしみ込んでいく。
だから、木灰は雨に当てないようにして保存する。
木灰は、必要に応じて圃場に撒く。
わたしは、作物の根元にドーナツ状に撒く。
そうしてやれば、夜盗虫の野望から野菜の苗を守ることになる。
このドラキュラは木灰を嫌う。

有機カリ肥料としての木灰は、ミネラルとしてある。
極端な多用はよくないが、植物は、必要なだけのそれを摂取する。
余分なそれが、作物に害を及ぼすということはないだろう。

木灰と絶対的有機農法の御陰で、我が菜園の野菜はみんな元気。
病虫害の被害もなし。
モンシロチョウの青虫のそれ以外は。

 

 

問題なのはトマトだ。
トマトは温暖で乾燥した気候を好む。
この寒い山の菜園でトマトを立派に収穫することは、容易くはないんだ。
けれども、当方はトマト好き。

トマト、とまと、蕃茄。
トマトは美しい。トマトは美味しい。
トマトソースは最良の調味料だ。
だから、寒山の長い冬を乗り越えるためには、
360c.c.の瓶で50瓶のトマトソースが必要だ!
ハウス栽培のトマトは美味しくない。
風味がないんだ。
甘いだけで酸味が欠乏している。

 

 

4品種50株のトマトを育てている。
ブランデーワイン(大型種)とオレゴンスプリングス(中型種)と加工用のローマと、それからスナック用の黄色いチェリートマト。
種から種へ。
これら4品種のトマトは、この庭で20年以上も世代を繰り返してきたコールドマウンテン・ヴァージョンとしてある。
 
秋に種を採取する。
春先にサンルームで育苗して、5月の下旬に定植する。
トマトは雨期が苦手だ。
産毛を纏った植物は、夜間に降る霧をとらえて、その水粒を自分の根元に送る。
トマトの産毛はそのためにある。
で、多くの菜園家は透明なプラスチィックシートで雨覆いを作る。
わたしは、それをしない。
プラスチィックシートのマルチングもしない。
菜園は、野菜の庭としてある。
庭にプラスチィックのシートは不自然だと感じる。

 

 

高冷地のハンディキャップとアジアモンスーン地帯の雨期を乗り越えながら、我が庭のトマトはいつになく順調に育っている。
木灰の祈りと魔法が通じて、この寒い庭にトマトの奇跡が起ころうとしている……。
その暁には、この庭で採取したトマトの種とその栽培法のメモを、寒冷地の庭を耕すトマト好きのきみに贈ろう。
 
薪ストーブの灰は、見ているだけではつまらないものです。
でも、みなさん!
この灰には、自然界の大いなる神秘が宿っていることを信じましょう。

 

Photoes by Yoshio Tabuchi

隔月連載。次回の更新は8月下旬です。

 



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