シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

イオ 〜わが家の竪穴式住居 その3

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竪穴式住居イオの骨組みができあがり、茅集めも一段落した。
ここからは茅葺き職人、シゲさんの独壇場である。

まずは茅の束づくりだ。
茅を集めて揃え、縄で縛った束を幾つもつくっていく。
地道な作業ではあるけれど、シゲさんは黙々とこなす。
ひとりでコツコツと作品を積み重ねていくことが好きな性格かもしれない。
茅葺きに必要な数は200束近くになるはずだけど、シゲさんはひとつひとつ丁寧に作業を続けて、同じサイズの束を次々につくりあげていった。

束ができたら、いよいよ茅葺きのはじまりだ。
茅の束を竪穴式住居の骨組みに固定していくわけだが、ここからはサポートが必要となる。
モノをつくるのが大好きな妻は目を輝かせて、シゲさんの作業を手伝いはじめた。
妻は大学で建築を学び、一級建築士の免許も持っているが、茅葺きは未知の分野だ。
いや、茅葺きに精通している建築士がいるはずもない。
だからこそ、妻は茅葺きを実践したかったのだろう。
机上の現代建築に長けているはず(?)の妻が、伝統の技を継承した昔気質のシゲさんを尊敬のまなざしで見つめている姿が微笑ましい。

作業に参加できない僕は(立て続けに出る単行本の執筆に追われていたし、竪穴式住居は妻から僕への誕生日プレゼントなので、プレゼントされる僕は一切手出ししてはならない約束なのである)、原稿に行き詰まると庭に出て、シゲさんと妻の作業風景を眺めて気分転換をした。


(クリックで拡大できます)

近所に住むシゲさんは毎朝8時前に軽トラでわが家にやってきて、午前中の作業が終わると家に帰って奥さんと一緒にお昼を食べる。
そして午後1時きっかりに再びやってきて、夕方まで茅葺きの作業を続ける。

シゲさんの奥さんは体調がよくないらしい。
竪穴式住居の仕事を引き受けた理由のひとつとして「俺の仕事を見せてやりゃあ、あいつもちったぁ元気になるかもしれん」と語ったことがある。

だからなおさら妥協したくなかったのかもしれない。
古民家とは異なる竪穴式住居とはいえ、茅葺き職人として恥じない作品に仕上げたかったのだろう。
妻は僕の誕生日の完成をめざしていたが、茅不足と丁寧に仕事をするシゲさんのこだわりで、誕生日には間に合わなくなってしまった。

シゲさんへの報酬は日当計算のため、完成が延びるとそのぶん、費用もかさむ。
妻が相談したところ、シゲさんは「お金は予定していた日数分でいい」と言い、早く仕上げたいこちらの事情も理解してくれた。
友人からもらった杉皮や竹などの材料を使って足りない茅を補う創意工夫を試みた。

そしててっぺんまで屋根が葺け上がった日、高所恐怖症の妻なのに満面の笑みで竪穴式住居の頂点にまたがった。
きっと棟上げの餅をまきたい気分だったんだろうな。

竪穴式住居としては、屋根が葺ければそれで十分だが、茅葺き職人としての腕の見せ所はこれからだ。
シゲさんは専用のハサミを何種類か出して、刈り込み作業に入った。
ある程度刈ったら、タライに水を貯めてハサミを丁寧に研いでいく。
そして再び刈り込みに入る。

ボサボサで伸びっぱなしだった髪が床屋で散髪されるように、茅葺きが丸く整えられていく。
ガイドラインは何もない。
シゲさんの勘で刈り込まれていくのに、左右対称で芸術作品のように仕上がっていく。
鋭角な先端部と、柔らかな曲線を描く円錐形の表面。
さすがは職人、と僕らは目を見張った。
刈り込み作業中は、わがカフェ『チームシェルパ』でトークショーのイベントを開催したため、イベント参加者はシゲさんの名人技に感心しきりだった。

シゲさんの伝統技術は文書などでは伝承できない。
ノウハウはすべてシゲさんの頭の中にあって、僕らは一緒に作業を繰り返すことでしか、それらを会得できない。
マニュアル本はつくれないのだ。
それが職人芸たる所以だが、この伝統技術をどうにかして受け継げないものか、ときれいに仕上がっていく竪穴式住居を見るたびに思った。

そしてついに竪穴式住居イオは完成。
ほとんど作業をしなかった僕は、妻からこのすばらしきプレゼントを誕生日から約1ヶ月遅れで受け取った。

僕らは作業に関わったメンバーを招いて、イオの中で食事会を開いた。
炉に火を入れ、鍋を吊るして鍋料理をする。
外の焚き火とは違うし、薪ストーブとも違う。
風に煽られて煙が回ることなく、みんなが平等に焚き火を愛でることができる。
安心感に包まれた優雅な焚き火だ。
おそらく何千年もの昔、縄文の人々もこうして火を囲んで和んでいたことだろう。

焚き火は暖であり、照明であり、調理手段であり、娯楽でもある。
文明が進歩してデジタルの時代になっても、縄文人と同じように僕らも火によって癒されている事実が痛快に感じる。
火と関わって生きてきた人類のDNAを僕らも受け継いでいるんだし、この本能を僕らの時代で途切らせてはならない。

だからこそ、薪ストーブを使う意味もあるわけだし、ツリーハウスのように茅葺きの竪穴式住居が全国各地で流行ればいいのに、と僕は思う。
狭い敷地でも建築可能だし、コンクリートの基礎工事をしないので、農作業小屋扱いでどんな土地にも建てられる。
間伐材や竹林、茅場が有効活用できるし、シゲさんのような老職人の茅葺きの技術を学ぶ若者が現われれば新たな雇用が生まれるし、日本の伝統技術も継承される。

それが実現するかはわからないけど、将来への夢は膨らむ。
妻は最高のプレゼントを僕に与えてくれたんだな、とあらためて思った。

なお、初めてわがイオを目にするゲストは、カエデとシャラの木が茅から突き出ている姿を見て「どうやって植えたんですか?」と驚いたりするが、それらはイオをつくるずっと前からここに植えていた木だ。

竪穴式住居に埋もれることがないように骨組みをつくったのだが、茅葺き作業が進んだらたちまち飲み込まれた。
シゲさんの茅葺きはそれほどまでに分厚いという裏づけでもある。
(完)

Photo:シェルパ斉藤
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は5月下旬です。



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