シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

野焼きで土器づくり

妻が「シェルパークで野焼きをしたい」と言い出した。
シェルパークはわが家のキャンプ場であり、ドッグランであり、子供たちの遊び場でもある。
その野原を焼くのではなく、土器を作り、作った土器を焚き火で焼きたいとのことだ。
妻は古代技術史研究家の関根秀樹さん(僕の30年来の友人だ)の本を参考に、縄文スタイルの土器の野焼きをした経験がある。
そのときは数個の土器を作って焼いたが、今度はシェルパークに遊びに来る近所の子供や大人たちにも土器をつくってもらい、キャンプファイヤー並みの大きな焚き火で焼きあげるのだという。

妻の呼びかけに10人以上の人々が集まり、北杜市の郷土資料館に勤務するH氏も助っ人に来てくれた。
H氏は中学校などで土鈴作りのワークショップを開催している。
H氏の指導のもと、専用の粘土をこねて個性的な土器や土鈴、土偶などを参加者が自由に作り上げた。

出来上がった作品はじっくり自然乾燥させなければならない。
梅雨が明けるであろう1ヶ月後に野焼きをする予定を立てたが、当日はあいにくの雨で延期、その後も雨で延期、さらに雨で延期というように、延期が続いて秋になってしまった。でも結果的にその延期はプラス材料に働いた。

土器を作ってから3か月以上経ったことで土器をしっかり乾燥させることができたし、夏に野焼きをしたら熱中症になってしまうだろう。
焚き火を楽しめる秋の小春日和に、ようやく野焼きを実践できることになった。

野焼きで燃やす薪は、シェルパークの脇で育った杜仲の木の枝だ。
地主さんが冬に枝打ちして積み重ねてくれたのだが、伐ってから半年以上経っているため、手でポキポキと折れるくらいに乾燥しており、野焼きに適した薪になっていた。

野焼きの日は指導役としてH氏が来てくれたし、何かとお世話になっている頼もしき助っ人の花澤先生もやって来た。
自分が作った土器を自分で焼く体験を子供たちにさせたかったが、このご時世、大人よりも子供のほうが多忙なのか、二人の子供が途中参加しただけで、大人たちの野焼き遊びとなった。

まずは枝を積み重ねてどんど焼きのような大きな焚き火をはじめる。
火の中心に向かって枝を次々とくべていくのだが、炎が大きくなるにつれて、大人たちのテンションも上がっていく。

30分ほど燃やして熾火ができたところで、焚き火のまわりにみんなの土器を置く。
急激に温度が上がると割れてしまうので、火から離れた場所に土器を置き、均等に熱があたるように土器の向きを変えながら焚き火へ徐々に近づけていく。

焚き火の熱量はすごい。
肌が露出した顔に痛みを感じるほどなんだけど、焚き火は人々を惹きつける魔力があるのか、焚き火に近づいて燃え残しの枝を焼きたくなる。
ただ燃やすだけなんだけど、おもしろい。
僕らは焚き火のそばでずっと遊んでいられる動物なのだ。
自分ちの庭でこんな盛大な火遊びができるなんて、田舎暮らしの醍醐味だと思う。

1時間以上焚き火のそばに置いて、土器に熱が通ったところで薪をくべるのをやめた。
太めの薪で周囲を囲んで炭と灰の炉を作り、そこにみんなの土器を置いた。
「では、仕上げに入りましょう」というH氏の助言で、土器の上にすぐ燃える茅を並べる。
茅はたちまち炎に包まれ、本格的な焼き入れ状態に入った。

すると予期せぬ事態が起きた。
パーン! パーン! と竹を燃やした時のような爆発音が響き渡った。
土器が破裂しているのだ。
「やばい! 早すぎたか!」とH氏は焦っているが、土器は次々と破裂して破片が周囲に飛び散る。
笑っちゃいけない状況なんだろうけど、コントのオチみたいな展開に僕も妻も笑ってしまった。

炎が落ち着いたところで、土器を炉から取り出した。
割れた土器は全体の3分の1くらいだろうか。
厚めの土器なのに割れたものもあれば、いかにも割れそうな形をしているのに割れなかったものもある。
割れた土器と割れなかった土器の差がよくわからない。
H氏は「もっとじっくり熱を通してから焼きに入るべきだった」と弁明したが、彼を責める雰囲気はまったくなく、満足感と温かい空気感に包まれた。
型通りに進まないことも自然の中で遊ぶおもしろさなんだと、みんなわかっているのだ。

焼き上がった土器は、色が濃くなってそれらしく仕上がった。
僕が気に入った作品は、妻が手がけたハチの土鈴だ。
眉毛がハチらしく強調され、いい味が出ている。
本物のハチが土鈴のハチに近寄って来たけど、まったく興味がないようで、チラ見しただけだった。

今回の野焼きでかなり燃やしたけど、乾燥した杜仲の枝はシェルパークにまだたくさん残っている。
薪ストーブの焚きつけに使うつもりでいるが、もっと寒くなったら森に舞い落ちる枯葉とともに燃やして盛大な野焼きを楽しみたい。
この地に樹木が生育しているかぎり、来年もその次の年もずっと僕らは野焼きや焚き火を続けられる。
それは田舎に暮らす僕の誇りである。

 
Photo:斉藤政喜
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は2020年1月下旬です。

 



このWebマガジンはファイヤーサイドが提供しています。

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内