シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

焚き火とトレイル

夜中にパラパラと降り出した雨は、明け方に本降りとなった。
天気予報によれば、雨は夕方まで降り続き、その後は天気が回復するらしい。
5月に入って乾燥した日々が続いていたから、新緑に覆われた森や野菜の苗を植えたばかりの畑にとっては恵みの雨だ。
土埃が舞っていたドッグランもこの雨で落ち着くだろう。

僕はグランドフロアの仕事場にこもって、バックパッキングの旅をまとめた単行本の校正に入った。
10連休となったGWの影響で編集作業が滞っていたが、今日中に校正を終えれば予定どおり5月末に発売される。
マラソンランナーがラストスパートをかける思いで、校正に没頭した。
そして予定どおり、夕方には仕事が完了。
赤字を入れたpdfを編集部にメール便で送った僕は、晴れ晴れしい気分で外に出た。

予報が早まり、雨が上がって天気は回復している。
ところどころ青空が見える清々しい天候だ。
胸いっぱいに空気を吸い込んで伸びをしたら、体の隅々まで酸素が行き届いて血の巡りが良くなった気がした。
新緑がまぶしい5月の空気はやっぱり格別だ。
外で過ごす時間が心地いいと素直に感じられる。
犬を外に出してドッグランでボール遊びをしたあと、僕は庭や森をひとり静かに歩きまわり、わが敷地の中心である石組みのファイヤープレイスのベンチに腰を下ろした。

ファイヤープレイスの脇にはサクランボの木が立っている。
八ヶ岳山麓に移住した翌年に植えた苗木が順調に育ち、今年もたくさんの実をつけたが、毎年のことのようにヒヨドリがやってきて実が熟す前についばんで落としてしまう。
雨が降ったこともあり、ファイヤープレイスの周りに敷き詰めた枕木やコンクリートの土間には、未熟なサクランボの実がたくさん落ちていた。

1冊の本を作り終えた達成感もあるし、解放感もある。
ベンチに腰を下ろして暮れゆく空を見上げていたら、焚き火がしたくなった。
部屋にこもってパソコンの前で頭を使い続けていた反動かもしれない。
何も考えずにただ火を見つめていたくなった。

ファイヤープレイスの炉には二十数年分の灰が溜まっている。
昨夜からの雨で湿っているため、火を熾しにくい状況だが、こういう場合は薪を地面に並べ、湿気を遮断する火床を設置してから焚付けを組んでいけば普通に燃える。
焚き付け用に割ったヒノキの薪があるので、それを炉に3本置いてから、焚き火をはじめた。

風がなく、煙がまっすぐに上って、黄昏の空に消えていく。
大きく育った炎がゆらゆらと優雅に揺らめく。
火をつけたときは外の景色のほうが明るかったのに、時間の経過とともに炎の明るさが周囲の明るさよりもまさっていく。
陽の世界から星と月がきらめく闇の世界へ、焚き火の炎が自分を導いているようにも思える。

なんて、美しいんだろう。
デジタルのディスプレイばかり見つめていた眼と脳が、癒されていく。
焚き火は心と眼のサプリメントかもしれない。
スマホばかり見つめている現代人にこそ、焚き火の柔らかい炎が必要なんだと思う。

わが家は冬に薪ストーブ、雨の日は竪穴式住居の内部、そしてファイヤープレイスと、1年中いつでも焚き火が楽しめる環境にいる。
おかげでストレスを溜め込むことなく、執筆の仕事を続けていられるわけだが、幸せな生活だとあらためて思う。

焚き火ついでに、校了を終えたばかりの拙著の紹介もしておきたい。
なぜ「ついで」かというと、焚き火を愛する人々は、自分の足で野山を歩くパックパッキングの旅も好きに違いないと確信しているからだ。
どちらも太古の時代から人間が人間であるために営まれてきたシンプルでプリミティブな行動である。

バックパッキングは登頂をめざす登山とは異なり、あの山の向こうへと自分の足で歩き続けていく旅のひとつである。
海外が本場だと思われがちだが、じつはわが国だってバックパッカーズ・パラダイスであることを、世界各地のロングトレイルを歩き続けてきた僕は知っている。
スケールの大きさでは海外にかなわないけど、ニッポンのトレイルは優しさが満ちている。
風景も出会う人々も渓流も湧き水も海も温泉も山里も、すべてが旅人を温かく迎えてくれる。

ベスト10を選ぶ条件として重要視したのは、交通の便だ。
自分が海外のトレイルを歩くときに最も気になるのは、出発点までどうやって行くかであり、歩き終えたらどうやって帰るか、だからだ。
自家用車やタクシーで行かなくてはならないような手間とお金がかかるトレイルは排除し、外国人の旅人でも公共交通機関を利用してトレイルイン、トレイルアウトできることを最優先した。

さらにその地域ならではの特色が出ているトレイルであること、テント泊も宿泊もできる場所が道中にあることも条件に加えて、北海道から屋久島までの10本のトレイルを選び出した。
絶景の山岳地帯や美しき森、原風景の里山、古道など、『ニッポン10大トレイル』の名にふさわしい内容に仕上がったと自負している。

前半の5本は、僕がリーダー兼ガイド役となって歩いたグループバックパッキング編を、後半の5本は、いつもの単独行で写真も自撮りするバックパッキング編を掲載しているが、この本をまとめていて気づいたことがある。

ニッポンのトレイルを歩く旅は、焚き火と共通する部分があるのだ。
たとえば仲間と焚き火を囲んでいると、同じ目的や夢に向かって歩んでいくような仲間意識が芽生える。
沈黙の時間があっても気にならない。むしろ沈黙によって考えに深みが増すし、互いの理解が深まる。建設的な意見も交わされる。
そして単独の歩き旅と単独の焚き火は、自分を見つめて、自分を認めて、自分の考えと判断で前を向く勇気が生まれる。

だから、焚き火が好きな旅人はぜひとも拙著を読んで、ニッポンのトレイルを歩いてもらいたい。
次なる目標として『焚き火ができるニッポンのトレイル10』を出版できれば、と考えている。

Photo:シェルパ斉藤

*隔月連載。次回の更新は2019年7月下旬です。

 



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