シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

薪割り機は一瞬で

八ヶ岳山麓に暮らしはじめて19年。
19年分の薪を割って生きてきた。
いや、ストックが4年分くらいあるから、23年分の薪を割り続けてきたことになる。

お金を払って買った薪はひとつもなく、すべて偶然の出会いや人々との絆、ネゴシエーションなどでいただいた薪である。
どんな樹木をどのように入手してきたか、その足跡は別の機会に詳しく記したいが、まあともかく、いろんな広葉樹を手に入れては割ってきた。

何ごとにもあてはまることだけれど、最初は要領がわからなくても、経験を積んでいけばテクニックは自然と身につき、自分に合ったスタイルが確立されていく。
僕が愛用している斧はグレンスフォシュの大型薪割りだ。
日本製のヨキやドイツ製の斧なども使ったが、最終的にはスウェーデン製のグレンスフォシュに落ち着いた。

鋭さと強さが両立した刃が秀逸だし、重量(斧身1620g)と長さ(柄長695mm)のバランスが自分にはちょうどいい。
振りおろしやすく、狙った箇所にピンポイントで刃を当てることができる。
5年ほど使ったところで柄にヒビが入ったため、柄を交換したが、これ以外のモデルを試してみる気が起きないほど気に入っている。

薪割りのコツは、刃を当てるポイントを見極めることにある。
野球やテニスのスイートスポットと同じで、そのポイントに刃が当たれば、力まかせに斧を振りおろさなくてもスパッときれいに割れる。
野球のバッティングでクリーンヒットを打ったときの快感に似ている。
多くの薪ストーブ愛好家が言っているように、薪割りはスポーツなのである。

しかし樹木によっては文字どおり刃が立たないものもある。
その典型がケヤキだ。
大きさにもよるが、直径30cm以上の太さのケヤキは斧を力いっぱい振り下ろしても刃が食い込むだけで、スパッと割れてくれない。
繊維が刃を吸収してしまい、さすがのグレンスフォシュでも割り切ることができないのである。

クヌギやコナラ、ヤマザクラなどの薪割りがリンゴを包丁で切るような感覚だとすれば、ケヤキのそれは繊維だらけのサトウキビを歯で噛み切ろうとする感触だ。
薪割り用の楔をハンマーで打ち込んでいけば割れないこともないが、何度も何度もハンマーを打ち下ろしてようやく1本割れるという労力が、無駄にエネルギーを消費している気分になる。

ならばケヤキを入手しなければいいのに、と思うだろうが、前回書いたように、近所で倒れた樹木は樹種を問わず、ありがたくいただく主義を貫いている。
割りにくい樹木でも放っておけない性分なのだ。

玉切ったものの、割らないケヤキを裏庭に放っておくこと、約2年。
このまま朽ちてしまうのでは、と危機感を持った僕は、いいアイデアが浮かんだ。
ファイヤーサイドのポールさんは強力な薪割り機を持っていたはず……。
あの薪割り機なら、放りっぱなしだったケヤキも薪になるんじゃないか。
薪割り機を一度も使ったことがないから、その便利さも体験してみたい。

連絡をとってみると、すぐにオーケーが出た。
ならばと、ケヤキ以外にも節だらけで割れずに困っていた樹木もクルマに積み込んで、八ヶ岳山麓から約1時間の駒ヶ根市に向かった。

ポールさんが使っている薪割り機はアメリカのティンバーウルフ社製で、ホンダのエンジンを搭載している。
使い方はじつに簡単だ。
薪割り機に玉切った樹木を置き、レバーを倒せば強力なシリンダーが樹木を刃に押しつけて割っていく。レバーを戻せば戻る仕組みである。

「手をはさまないようにね」と、ポールさんから注意点を聞き、さっそく挑戦。
太いケヤキを台に載せてレバーを倒すと、ケヤキはメリメリと、音を立てて半分に割れた。
しつこい繊維質のケヤキの場合は、割るというより、引き裂くという表現がふさわしい。
直径40cmくらいのケヤキも苦にせず、数秒で薪ができあがる。

なんて、簡単なんだ!
あれだけ苦戦していたことが嘘みたい。
放置していた2年間の空白が数秒で埋まった気分だ。

ケヤキに続いて、何度も斧で挑戦したけど歯が立たなかった節だらけの太いコナラを薪割り機に置いてみた。
ポールさんが、コナラの断面にいくつも刻まれた刃の跡を指さして、にんまりと笑う。恥ずかしい過去を見られた気がして、僕は照れ笑いを浮かべた。

果敢に何度も戦いを挑んだ証が刻まれたコナラも、薪割り機は一瞬で割ってしまう。ポールさんはそれを見て、どんなもんだい、といわんばかりに再びにんまり笑う。
いやはや、まいりました! と僕は頭を下げるしかない。

薪割り作業は1時間程度で終わり、放置されていたケヤキやコナラ、ヤマザクラの巨木は薪になって、わがクルマに積み込まれた。
初めて薪割り機を体験した正直な感想は、「これはこれですばらしい」だ。
工場制手工業から工場制機械工業に移り変わった産業革命を目のあたりにした気分である。

エコな薪ストーブの燃料をつくるために、ガソリンエンジンの薪割り機を使うのは気が退ける、という人もいるだろう。
でも、斧で割り切れずに放置しておいた樹木や倒木を、薪割り機は有効活用して燃料にしてくれる。
むしろエコな道具といえるのではないだろうか。
理屈っぽくなってしまうけど、エンジンの薪割り機に抵抗を感じる人は、樹木を玉切るときもエンジンのチェーンソーを使えないはずである。

エンジン式の薪割り機には脱帽したが、でも僕は今後もグレンスフォシュの斧で薪割りをがんばっていくつもりだ。
その理由は、斧の薪割りが楽しいからだ。
前述のように薪割りはスポーツであり、娯楽でもある。
体力と知力を使って自分の力で薪をつくっていく満足感と達成感を失いたくはない。

それにポールさんも言っていたけれど、斧でスパッと割った薪のほうが造形的にも美しい。
僕が薪だったら、薪割り機よりも斧で割られたいなあ……とも思う。
これから先も、僕はケヤキのような割りにくい樹木ともつきあっていくことになるだろう。
そのときは……。
またよろしくね、ポールさん!

 

photo:Team Sherpa
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は7月下旬です。

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