シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

笹ハウス

ワイン樽ハウスを設置した2017年の夏休み。
じつはもうひとつのユニークな家作りが進行していた。
笹ハウスだ。
名前が示すように、笹で覆われた家である。
なに、それ? とほとんどの人は思うだろう。
僕も初めて耳にしたときはそう思った。
笹ハウスは、茅の代わりに笹を葺いた三角テントのような小さな小屋である。

製作者は若き茅葺き職人のHリーだ。
中国人っぽい名前だけど、名古屋生まれの日本人である。
いつもニックネームで呼ばれているけど、メディアには露出したくない、名前を出すときは頭文字をアルファベットにしてほしい、とリクエストされたので、このような胡散臭い表記になってしまった。

Hリーはわが竪穴式住居イオの茅葺きを担当したシゲさんの愛弟子であり、シゲさんから伝統的な技術を継承し、公共施設や古民家など各方面から茅葺きの仕事を依頼されて個人で請け負っている。

カフェ『チームシェルパ』では、子供たち向けのイベントを夏休みに開催しており(当連載のイラストを担当している華ちゃんも糸紡ぎやドリームキャッチャーづくりなどのワークショップを開催している)、2017年の夏休みはHリーに茅葺き小屋のワークショップを頼んだのだが、茅葺きではなく、笹葺きに変更になった。

理由は事前に調達していた茅が使い物にならなくなったからである。
半年前に僕らはHリーの茅場で茅を刈って、森で乾燥させて保管していたのだが、茅を覆っていたシートの一部が破れており、茅は雨水に濡れた状態になっていた。
それで茅の代用品として、どこにも生えていて調達しやすい笹を使うことになったというわけである。

しかし、笹が茅の代わりになるのだろうか?
「大丈夫です。笹は茅よりも湿気に強いし、通気性もいい。試すのは初めてですけど、素材として問題ないはずです」とHリーは力説する。
この小屋がうまくいったら、いずれは笹で自分の家を建ててみたいとのことだ。

冗談みたいな話だが、Hリーが口にすると納得してしまう。
Hリーが浮世離れした生活を送っているからだ。
Hリーは八ヶ岳山麓の廃屋だった納屋をタダで借りて、壁も床も取っ払って、風が吹き込む土間で焚き火をして暮らしている。風呂はもちろん、トイレもなく、用足しは隣の森で穴を掘って済ませる。
電気製品はほとんどない。
テレビもラジオもなければ、パソコンもスマホもない。
ガラケー携帯電話の充電と電球一つの照明しか電気を使わないから、毎月の電気代は基本料金レベルの300円に満たないほどだ。
物欲はなく、焚き火ができれば満足できる若者である。
Hリーなら笹で自宅を作って、何もないその空間で焚き火をしながら幸せに暮らすことだろう。

夏休みのある日、Hリーは子供たちとともに笹ハウスづくりにとりかかった。
子供たちにとっては、秘密基地を作っている愉快なお兄さんなのかもしれない。
子供たちは楽しげに参加したが、自宅づくりが前提にあるHリーはプロセスをじっくり考えて作業を進める。
そのためワークショップの時間だけでは完成せず、わが家に足繁く通って、笹ハウスをつくりあげていった。

完成した笹ハウスの中に入ると、笹の匂いがした。
笹ダンゴの匂いだ。香ばしくて心地いい。
内部は3人用テントくらいのサイズで、一人で寝るならちょうどいい大きさだ。
ここで一晩過ごすのもありかな、と思ったが、蚊が多かったのでとりやめた。
たまたま駒ヶ根から遊びに来た花ちゃん(南アルプスの山小屋で働いていた、元気で明るいアイドル的な存在)が「泊まらせてください」とリクエストしたので、宿泊第1号は花ちゃんになった。
酒をたっぷり飲んだあとに寝たものだから蚊に刺されっぱなしだったようだが、花ちゃんは「楽しく眠れました」と笑顔で駒ヶ根に帰って行った。
Hリーと花ちゃんのコンビなら、Hリーが作るであろう笹ハウスで暮らしていけるんじゃないか、と僕と妻は思った。

やがて秋が来て、笹ハウスの周囲の森は枯れ葉が落ちて、冬になった。
笹ハウスも茅葺き民家のように、焚き火をして内部を燻したほうがいいはずだ。
そう思った僕は中で火を焚くことにした。
笹ハウスの内部は広くないし、天井までの高さも低い。
笹に引火したら一瞬にして炎上してしまう。
炎が大きくならないように、火を起こさなくてはならない。

普通の焚き火にはないプレッシャーを感じて慎重に火を起こして、小さな焚き火をはじめた。
燃やす薪は森に落ちていた枯れ枝だ。
その辺にある笹でこの小屋を築いたHリーに倣って、この場で調達できる薪だけを使おうと思った。

これはこれでいい。
笹ハウスのスケール感とコンパクトな焚き火がマッチしている。妙に落ち着く。
大きな焚き火は簡単だけど、一定レベルのまま燃やし続けるにはそれなりのコツがいる。
自分も焚き火がうまくなったものだな、と自惚れながら、笹ハウスでパーソナルな焚き火を楽しんだ。

Photo:シェルパ斉藤
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は3月下旬です。

 

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内