シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

ワイン樽ハウス

近所のMさんがおかしなことを言い出した。
「ワインの樽で作った小屋があるんだけど、斉藤さんちにどうかな?」
なに、それ?
ワインの樽で小屋が作れるの?
それがなんでうちに? と疑問符が次々と頭に浮かぶ。

Mさん曰く、知人の親が経営しているレストランの庭にワインの樽で作った小屋があるそうだが、近々レストランをたたむことになり、小屋も処分しなければならなくなったという。
誰か欲しい人がいれば譲りたい、とMさんは相談されて、そういえば京子さん(うちの妻)が「子供が遊べる大きな土管が庭に欲しい」と言っていたことを思い出し、うちに話を持って来たそうだ。
「土管が欲しい」という妻もなんだけど、まあその話はさておき、ワインの樽の小屋がどんなモノなのかは興味がある。
たまたま甲府市内に用事があったので、話が来た翌日に中央道の双葉SAのすぐ近くにあるレストランを訪ねた。

「カワイイ!」
妻も僕もメルヘンチックな姿に一目惚れしてしまった。
たしかに樽だ。
あのロングセラーの玩具『黒ひげ危機一髪』の等身大みたいで、愛らしい。
寝泊まりはできないけど、秘密基地や隠れ家として使うにはぴったりなサイズだと思う。
樹木の脇に設置されて草木に覆われているため、湿気を帯びて朽ちた箇所もあるが、わがカフェ『チームシェルパ』なら風通しのいい場所に設置できる。
うちに絶対似合う、と確信した。

オーナーがいらしたので、話を伺った。
巨大な樽は30年近く前にワインの醸造所から譲り受けたそうで(実際にワインの樽として使われていたようだ)、屋根や扉を取りつけ、内部には棚も設置して小屋に改造した。レストランでイベントを開催したときに、小さなショップとして使ったこともあったという。
「まだ使えると思います。処分してしまうのはもったいないので、設置できる場所があるなら残していただきたい」
「ありがとうございます。うちに設置させてもらいます」
 というわけで、ワイン樽の小屋がわが家にやってくることになった。

うちが引き取る、と宣言したものの、どうやって運ぶか、頭を悩ませた。
クレーン搭載のトラック、ユニック車を借りて運ぶしかないだろうが、レンタル代はかなりの高額になるし、ユニック車を操った経験もない。
小屋にロープをどう掛けて、どのように吊るせばいいのか、自信もない。
さらにオーナーから「8月中に運び出してもらえないか」と言われて、焦りを感じた。運び出すとなれば準備作業も含めてそれなりの時間と手間がかかるけど、仕事が立て込んでいて、8月はあまり時間がとれない状況にあるのだ。
うちじゃなくて他の人に託そうか、とあきらめモードになりつつあった頃、以前仕事をした編集者がチームシェルパにやってきた。

北杜市在住の彼女の父親は、葛飾柴又にある『男はつらいよ』の寅さん像を制作した彫刻家だ。
今年の3月にはさくら像も制作して、寅さんの近くに設置された。
わが町で生まれたそのさくら像を僕は自転車で訪ね、その紀行文を長年連載しているビーパルに掲載している。
「父のことをあんなふうに書いてもらって、ありがとうございます」と彼女に言われて、ふとひらめいた。
「お父さんは北杜市から全国に作品を運んでいるんですよね!」
ならば、ワイン樽の小屋を運ぶ手立てがあるかも。
どうにかしてもらえるんじゃないだろうか。
「わかりました。父に相談してみます」と彼女は承諾し、すぐに連絡が来た。

彼女の弟、Tくんが父親の作品の運搬をときどき手伝っているそうで、事情を説明したところ、Tくんは「なんとかなると思う」と返答。
そしてTくんは現場へ行って小屋を視察し「3万円くらいで運べますよ」と、連絡がきた。
「3万円ならいいよね」
あのサイズを積めるユニック車をレンタルするだけでも、それくらいのお金はかかる。慣れた人間に託せば、手間も時間もかからず、確実に運んでもらえる。
僕と妻は納得し、Tくんと相談して搬入の日程を決めた。
そしてワイン樽の小屋を設置する場所を整地し、小屋を置くための簡単な基礎工事を行なった。

運搬当日。
Tくんは友人のOくんとともにユニック車で現場にやって来た。
Oくんは鉄工関係の仕事をしていて、ユニック車を所有しているとのことだ。
彼らは手際が良かった。
的確な場所にスリングベルトを掛け、屋根部分を吊り上げて外し、樽本体の両サイドにコーチボルトを通して吊るし上げる。
Tくんが指示してOくんがクレーンを微妙にコントロールするのだが、彼らの現場力の高さと、チームワークの良さを目の当たりにして、Tくんに依頼して良かったとつくづく思った。

すべての作業を見届けたオーナーもホッとした様子だ。
「近いうちに見に行きます」と訪問を約束されて、僕らはユニック車とともに八ヶ岳山麓のわが家へ向かった。
その道中、巨大なワイン樽と屋根が積まれたユニック車を見て「なんだ、あれ?」と不思議がっているドライバーが少なからずいた気がする。

設置の作業もすんなり進んだ。
ワイン樽を置いてしまう前に横に倒してもらって、床下に防腐剤を塗り、ところどころ朽ちていた底の縁はチェーンソーで均等にカットしてならした。
そして搬出とは逆の手順でワイン樽の小屋の設置は完了した。
 

レストランのオーナーには失礼かもしれないけど、わが家のほうが似合っていると思う。
森や竪穴式住居のあるわが家の風景に違和感なく溶け込んでいる。
カフェのゲストたちも「初めからここにあったみたい」と口々に言う。

さて、この小屋をどう使おうか? 
中にストーブを置けばサウナになりそうだが、妻は子供たちの読書部屋にしたいと言い、棚に絵本やJ.R.ヒメネスの『プラテーロとわたし』などを並べた(譲り受けたレストランに併設されたパン屋の名が『プラテーロ』だったのだ)。
でも小屋として活用しなくても、そこにある姿を眺めるだけでも、ほのぼのとした気持ちにさせてくれる。
僕はこの小屋を『ワイン樽ハウス』と名づけた。
『ワインダルハウス』と口にすると、そんな外国語があったような気になる。
ワイン樽ハウスに興味のある方は、わがカフェ『チームシェルパ』へお越しを。
樽の中でコーヒーを飲んで読書、という非日常体験が味わえますよ。

 

Photo:シェルパ斉藤
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は11月下旬です。

 

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