シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

イオの下屋を作り直す

竪穴式住居のイオができて8年が経つ。
これまでどれくらいの薪を燃やしてきたか、見当もつかない。
燻されて褐色や飴色になった内部の茅や柱が8年の歳月を物語る。
縄文の竪穴式住居を再現した遺跡は全国各地にあるけど、イオのように燻された竪穴式住居を見たことはない。
焚き火ができるイオこそが本物だと、胸を張りたい。

外観もずいぶんと変わった。変化が顕著なのは色だ。
茅を葺いたばかりの頃は明るい枯れススキの色だったが、いまは風化が進んで老木の樹皮に似た色になっている。
ブロンドヘアーの西欧人が年齢を重ねてグレーヘアーになったみたいで、落ち着きが感じられる。
茅には悪影響を及ぼすのだろうが、苔が生えている部分もあって、古寺を思わせる風格が醸し出されていて個人的に気に入っている。

イオの入り口部分には「げや」と呼ばれる屋根が設置されている。
竪穴式住居は下に広がっているので、下屋がないと雨が内部に入り込んでしまう。
本体のフレームと離れているし、外に張り出していて風雨の影響を受けるため、下屋の劣化は早かった。
屋根部分の茅は所々が折れ出したし、下屋を支えている柱も朽ちて、雪が降った日にその重みでポッキリと折れてしまった。

「こうなるだろうから、下屋は作り直そうと前から思っていたのよ」と、竪穴式住居の発案者であり、製作者である妻が言う。
柱が折れたことで、本格的な改修作業にとりかかることになった。

イオをつくるとき、妻は「これはあなたへの誕生日プレゼントだから」と宣言した。
美しき夫婦愛に思えるけど、竪穴式住居を自分の手でつくりたかった妻は、僕に手も口も出すなと釘を刺したのである。
今回の下屋の改修工事も僕は口出しも手伝いもせず、黙って見守ることにした。

今度は茅でなく、杉皮を屋根材にしたい。
曲がった樹木をフレームにしてアーチ風の下屋にしたい、と妻は主張する。
これまでの下屋は平面だから入り口部分が低くて、入るときに腰をかなりかがめなければならなかったので、それを解消したいとのことだ。

曲がった樹木は薪用にもらった原木の中から適当なものを探し出し、杉皮の屋根材は愛知県に住む友人の屋根屋Tくんに相談した。
Tくんが言うには、檜の皮でいいんじゃないかとのこと。
杉にくらべて、檜は10分の1程度の値段で済む。
穴が空いていたりするが、重ねて使えば問題ないそうだ。

妻はTくんに4坪相当の檜皮をオーダーした。
価格は坪1,450円だったが、トライアスロンのアスリートでもあるTくんは「八ヶ岳でロードレースがあるから、宿泊代として持っていきますよ」と言い、結局タダで手に入れることができた。
妻は追加オーダーしたが、そのぶんもなんやかんやでタダでもらえた。

僕は檜皮の屋根材を裏に運んだり、表に出したりしたが、僕が関わった作業はそれだけだ。
友人とともに、「ああしよう、こうしよう」と現場で対応していく楽しい作業に、妻たちはとりかかった。

 

旅人小屋に宿泊した強力なゲスト(自衛隊出身で、現場の作業はお手のものだった)も作業に加わり、檜皮を使った下屋が完成した。
よくできている、と素直に思う。
イオの隣に立つウワミズザクラを支えにしているため、構造的にガッチリしているし、見た目もいい。
緩いアーチも檜皮の風合いも本体の茅葺とマッチしている。
令和の時代の幕開けとともに、イオがグレードアップした。
 

イオで焚き火がしたくてカフェ『チームシェルパ』に来る人々がかなりいる。
その人々にも新しい下屋は好評だった。
使いやすくなったことは間違いないし、この先10年近くはまだ使えそうに思う。

僕は一つのけじめとして妻とふたりでイオの焚き火を行うことにした。
燃やす薪はイオの茅を葺いてくれた茅葺職人のシゲさんが愛用していた木材だ。
シゲさんはイオを製作した3年後に亡くなった。
83歳だった。生涯最後の作品がこのイオだと思う。

シゲさんが亡くなって数ヶ月後、シゲさんの息子さんがわが家にやってきた。
「これ、使ってもらえませんか」と言われた軽トラの荷台には、稲を干すときに使うウシの棒がたくさん積まれていた。
稲作はもうしないので、ウシも必要ない。
うちで使ってもらったほうがいい、と息子さんはいう。
使うというのは、薪として使うの意味である。
僕らはありがたくいただくことにした。

何本かは燃やしてしまったけど、シゲさんが使っていたものを燃やすのは忍びなく思えてきた。そしてひらめいた。
この薪はシゲさんを悼むために使おう。
線香のかわりに、シゲさんが使っていた木を燃やし、その煙をシゲさん最後の作品であるイオに染み込まそうと、思ったのだ。

シゲさんがウシに使っていた木材は檜や杉だった。
長年使い込まれていて乾燥し切っているので、すぐに火がつくし、燃え尽きるのも早い。
燃焼効率がいいから煙も少ないけど、出た煙はシゲさんが葺いた茅に入り込んでいった。
シゲさん、ありがとう。
これからもイオを大切に使っていきます。
天国で見守っていてください。

僕と妻は合掌して、揺らめく炎を愛でた。

Photo:斉藤政喜
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は2020年3月下旬です。

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