シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

森のブランコ

春が来た。
八ヶ岳から吹き下ろす北風はまだ冷たいけど、
風向きが南に変わる穏やかに晴れた日は春の訪れを実感する。
花粉混じりの風が鼻孔をくすぐって、
くしゃみも鼻水も止まらなくなる(そう。僕は毎年花粉症に苦しんでいるのだ)。

目もかゆくてつらいけど、それでも春の訪れはうれしい。
あと1週間もすれば、庭のサクランボは花を咲かせるだろう。
そしてわが森は赤ん坊の産毛のような新芽があちこちで芽吹くだろう。
森が1年で最も美しいシーズンに入るが、
今年はその前にやっておかねばならない作業がある。

立ち枯れたヤマザクラの巨木を倒しておかねばならない。
毎年4月下旬に淡いピンクの花を咲かせる美しいヤマザクラだったが、
2年ほど前から菌類が樹皮をビッシリ覆うようになり、立ち枯れがはじまった。
風が強い日は枯れ枝が落ちて危険な状態になったため、
森が芽吹く前に倒すことにしたのである。

伐採は何度か経験しているけれど、僕は専門家ではないし、
チェーンソーの扱いに長けているわけではないから、毎回緊張する。
とくに枝が複雑に入り込んだ大きな樹木、
敷地のすぐ脇にそびえる樹木を伐採するときは緊張感も増幅する。
しかもヤマザクラは大きなフジが複雑にからんでいるため、
予測不能の倒れ方をするかもしれない。

倒れてくれるであろう場所には息子たちが遊んでいたバスケットゴールが立っているが、息子たちはすでに巣立っていまは使っていないし、金属の土台は錆びてボロボロになっている。
春休みで帰省している大学生の次男、南歩も「もういいよ、使えなくなっても」と言うものだから覚悟を決めて、倒す方向に受け口をカットしてから、チェーンソーで切り進めた。


 
メリメリ……ドーン! と低音が轟き、ヤマザクラは倒れた。
興奮とともに安堵感もおぼえる。
ねらいどおりの場所に倒れたけど、枝がバスケットゴールをかすめてしまい、
支柱が折れてバスケットゴールは壊れてしまった。

達成感もあるけど、寂しさもある。
ここに暮らしはじめた20年前からともに生きてきた仲間が亡くなってしまったのだ。
いずれヤマザクラは薪となり、燃やして灰になるが、それは火葬といえなくもないな、と思った。

とはいえ、感傷に浸っている場合ではない。
倒さねばならないヤマザクラは1本だけではないのだ。
同じ根元から延びている他のヤマザクラも立ち枯れている。
そのヤマザクラのほうが細いけど、長さがあり、
根元から伐採するとブルーベリー畑を直撃してしまう。
長ハシゴを立てかけて途中からカットして、
そのあと根元から倒す2段方式で作業を続けた。

倒したあとは枝も幹も片づけなくてはならない。
細かい枝はファイヤープレイスに持ち込んで燃やす。
立ち枯れているから枝はポキポキと折れるし、すぐに火が燃え移っていく。

幹はあとで玉切って、割って、薪にしようと思う。
立ち枯れた樹木は表面がスカスカで薪としての品質は劣るけど、
わが森で育っていたヤマザクラだ。
感謝の気持ちを持って、ありがたく暖をとらせてもらおうと思う。

今年の春はヤマザクラの伐採以外にもやっておきたい作業があった。
森には20年前に設置したブランコがある。
妻が「長いブランコを吊るしたい」と言い出し、
家づくりを手伝ってくれた仲間の岳が木に登って吊るした森のブランコだ。

2本の樹木にロープを渡して、そのロープにブランコを吊るしてある。
ブランコが揺れると2本の木に渡したロープも揺れるため、振れ幅はかなり大きい。
アニメ『アルプスの少女ハイジ』のブランコのイメージに近い。

設置したときは5年くらいでロープが切れるだろうと思っていたが、
20年経ったいまもロープは切れていない。
驚くべき耐久性であるが、イスにしている板と接している部分がほつれはじめたので、今年はブランコを設置し直すことにした。

作業を担当してくれたのは、わが竪穴式住居イオの茅を葺いてくれたシゲさんの弟子であるホリーと、北海道の芸術系高校を1年前に卒業して5月からはパラオに移住予定のジョー、それにわが長男の一歩である。
ホリーが29歳、一歩が24歳、ジョーはまだ19歳という若き3人組は目を輝かせて作業にとりかかった。

若さは何よりの武器だ。
猿のように嬉々として木に登ろうとするジョーを見て、思った。
僕はヒジを痛めていて自分の体重を支える腕力もないくらいだから、
bvvv ハシゴを使わずに自力で登ろうと奮闘するジョーがうらやましい。
無駄に全身の筋肉を使って無謀な行為にチャレンジする若きエネルギーに嫉妬すら感じた。

そんなジョーの活躍でまずは古いブランコが撤去された。
外されたロープを見て妻が「こんなになるんだね」と感動した。
ロープのしなやかさがなく、枝のように固くなっている。
風雨に晒されながら20年も耐え続けてきたロープに拍手を贈りたい気分になった。

一歩が現場監督となって、樹上のホリーとジョーに下から指示を出して作業は進んだ。
その姿を見て妻が目を細める。
「20年前は二十代の岳が吊るしてくれたんだよね。
あれから20年が経ってまた二十代の若者たちがこうやってブランコを吊るしてくれるなんて、うれしいな」

妻の言葉を聞き、感慨深くなった。
子どもだった一歩は森のブランコに揺られて成長して、大人になった。
ジョーは森のブランコを設置したとき、まだ生まれていなかった。

新たに設置した森のブランコの脇には寿命を迎えて倒したヤマザクラが横たわっている。
でもヤマザクラが完全に死んだわけではない。
根元近くから細い枝木が伸びている。
この枝木が成長して、いつの日か再び花を咲かせてくれるに違いない。
小さい森ではあるけれど、この森と一緒に暮らしていることを誇らしく感じた。

若者3人の奮闘によって、森のブランコは再生した。
さっそく乗ってみたが、新しいロープはしなりも伸びもあるから、
よりダイナミックなブランコを楽しめる。
近所の子もブランコ遊びにやってきた。
この子が大人になるまで、森のブランコは揺れ続けるだろう。
そしてこの子が大人になったとき、
再び若者の力で森のブランコを設置し直してもらいたい。

Photo:シェルパ斉藤
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は5月下旬です。

 

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