シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

スロー・コーヒーの時間

コンビニで手軽に本格コーヒーが飲める時代になった。
わずか100円。ほんの十数秒待つだけで、挽き立て、淹れ立てのコーヒーが飲めるなんて、さすがはコンビニエンスなストアだと思う。
でも、味気ない。
風味も香りも悪くはないんだけど、コンビニのコーヒーは物足りない。
そう感じている同輩が少なからずいるはずだ。

コーヒーは時間をかけて手作業でじっくり淹れるべきなのだ。
そのほうが格段においしいし、コーヒーを淹れる優雅な時間も含めて、コーヒーブレイクなのだと僕は思っている。
家にいるとき、僕は1日に何度もコーヒーを淹れる。
工場直送の焙煎仕立ての深煎りコーヒー豆、その名もシェルパブレンドをハンドミルで挽き、ペーパードリップでじっくり淹れる。

コーヒー好きの僕は、ときにコーヒーの生豆を焚き火や炭火で自家焙煎したりもする。
焙煎の出来栄えはプロにかなうはずもないが、火と向き合って焙煎している時間が楽しいし、燻されて漂うコーヒー豆の香りを嗅いでいるだけでも満足感が得られる。
それに焙煎の素人だからこそ、世界にひとつのオリジナルなコーヒー豆に仕上げられる(同じものをもう一度焙煎してみろといわれてもできないからね)。

生豆はコーヒー専門店などで手に入るが、うれしいことに長期保存が利く。
焙煎したコーヒー豆は2週間以上経てば香りも風味も落ちていくが、生豆の状態で冷蔵庫に保管しておけば1年以上もつ。
わが家の冷蔵庫には生豆が何袋か入っているが、いつ購入したのか覚えてないくらいの豆もある。
簡単な自家焙煎は、専用の炒り網を使う方法だ。
網の中にコーヒーの生豆を入れ、焚き火にかざして揺するだけでいい。

焙煎時間は火力にもよるが、だいたい15分くらいだろうか。
炎に近づけたり、遠ざけたり、熾き火にかざしたりして、豆の焙煎状況を判断しつつ自己流で進める。
わが家の場合、焚き火ができる竪穴式住居イオで自家焙煎を実践しているが、イオの内部が焚き火の煙とコーヒーの香りに包まれてアロマセラピーを受けているような気分になる。
薪ストーブユーザーなら、薪ストーブを燃やしているときにトビラを開いて熾き火に炒り網をかざすのもいい。
部屋の中で手軽に自家焙煎を楽しむ最良の方法といえるだろう。

もうひとつの方法は、七輪と鋳物のスキレットを使った焙煎だ。
炭火と鋳物の組み合わせは薪ストーブと同じく、遠赤外線の熱が均一に伝わるし、炒り網方式のように手に持ったまま振り続ける必要もない。
またコーヒーの豆が褐色に変化していく過程を見られる楽しみもある。
しかも、おいしさも炒り網方式に比べてワンランク上なのだ。

やり方は簡単。
七輪で炭火を熾したらスキレットを載せ、生豆を入れて木のへらでゆっくりとかき混ぜる。
熱が通ってくるとコーヒー豆の渋皮が出るので、ときおりうちわで扇いで渋皮を吹き飛ばす。
やがて生豆はキツネ色になり、青味かかった煙がもうもうと出てくる。
豆がはぜる音がしたら、焙煎は一気に進んでいく。
木のへらでこまめに豆をかき混ぜつつ、うちわで煽って渋皮を飛ばす。
コーヒー専門店のプロがいうには、「焙煎はコーヒー豆との対話」とのことだが、素人でも夢中になれる作業であることは間違いない。

どの程度で焙煎を切り上げるかは各自の好みによるが、深煎りのほうが浅煎りに比べて失敗は少ない。
焙煎が進むと、コーヒー豆は生豆のときと比べて1.5倍くらのサイズに膨らみ、油が出てコーヒー豆の表面はテカテカと黒光りしているはずだ。
豆をスキレットからザルに移して、うちわを扇いでコーヒー豆を冷やす。

市販のコーヒー豆のようにすべて均一な焙煎はむずかしいが、焙煎のムラにオリジナリティーがあるし、ミルで挽いて粉にしてしまえばムラは関係なくなる。
それに味も香りも市販のコーヒー豆に負けていない。
香りが強くてパンチのある苦味なのに、すっきりと飲めるおいしいコーヒーに仕上がる。
また、焙煎仕立てのコーヒーはペーパードリップで蒸らすときに、スフレのようにふっくらと膨らむ。
その膨らみを目にすると、自家焙煎した喜びを実感できる。

コーヒーの淹れ方には諸説あるが、シェルパ斉藤流のおいしく淹れるコツは次のとおりだ。

  • 1杯だけでなく、2杯以上淹れる。
    ハンドドリップの場合、少量だとコーヒーの旨味と深みが出にくい。
  • コーヒー豆をケチらない。
    100ccのコーヒーに対して計量カップ1杯の豆が目安だが、それより2割程度多めに使うほうがいい。
    薄く淹れたコーヒーは濃くできないが、濃くいれたコーヒーは湯で薄められる(そのほうがおいしいというコーヒー通もいる)。
  • 沸騰した熱湯で抽出しない。
    83℃程度が適温。沸騰した熱湯を注ぐと、細かいクリーミーな泡ではなく、カニの泡状態のぶくぶくとした泡が立つ。
  • 細く均一にお湯が注げる専用ポットを使用して、ゆっくりと淹れる。

さらにこだわるなら、おいしい水を使うことだ。
お茶もそうだが、コーヒーの味は水質の影響を受ける。
わが家は水道ではなく井戸水を使っているので、いわば八ヶ岳山麓天然水で毎回コーヒーを淹れていることになる。
さらに冬場はガスではなく、薪(ストーブ)で沸かしたまろやかなお湯でコーヒーを淹れている。
手間ひまかけるからこそ、満足感は大きい。
わが家のコーヒーは世界一、と思い込んでいる。
 

焚き火で自家焙煎したコーヒー豆をハンドミルで挽き、八ヶ岳山麓天然水を薪で沸かし、そのお湯をペーパードリップにゆっくり注ぐ。
これぞ究極のスロー・コーヒー……といいたいところではあるが、僕はその上をゆくコーヒーを味わったことがある。

コーヒーの苗木のオーナーとなり、5年間天塩をかけて育てられた豆を手作業で収穫してもらい、それを自家焙煎してコーヒーを淹れた経験があるのだ。
もう10年以上前の話になる。鹿児島県の徳之島で国産コーヒーを有機栽培している農家を支援しようと、横浜のショップがコーヒーの木のオーナー制度を実施したのである。

オーナーになると、豆を収穫できるようになるまでの約5年間、苗木を育ててもらえる。
苗木は1本5000円。そして管理費として年間3000円かかる。
1本の苗木から収穫できる豆はおよそ500gであり、そのために5年の歳月と2万円がかかるという、なんともぜいたくなコーヒーなのである。

しかも僕は取材ついでに徳之島まで行き、自分の手で苗木を植えさせてもらう植樹も体験した。
そして5年後に徳之島から送ってもらった自分の苗木の生豆を自家焙煎して究極のコーヒーを淹れたわけだが、そのコーヒーがどんなおいしさだったのかは、秘密にしておきたい。
思い込みが強すぎると空回りすることもある……とだけ伝えておく。

 

Photo:シェルパ斉藤
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は9月下旬です。

 

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