シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

すべてはヤマザクラからはじまった

いつものように近所へ犬の散歩に出かけたとき、森の風景に違和感をおぼえた。
あのヤマザクラがない……。
樹高15m以上、幹の直径70cm以上で圧倒的な存在感を放っていたヤマザクラの巨木が倒れている。
2日前に吹き荒れた強風にやられたのだろう。
太い幹がまっ二つに折れ曲がっている。


 

感慨深いものがこみあげてきた。
動物の死に通じる悲哀も感じた。
大往生のヤマザクラに「おつかれさまでした」と労いたくなり、
僕は横たわったヤマザクラに向かって手を合わせた。

このヤマザクラは半死の状態だった。
18年前、八ヶ岳山麓に移住して仲間たちと家づくりの作業に没頭していたとき、このヤマザクラは半分が割けて倒れ、半身の状態で生き続けた。
長くはもたないと思っていたのに、あれから18年もの間この森で生き延びてきたのだ。
「よくがんばった!」と褒めてあげたい。

翌朝、再び犬の散歩に出かけると、
近所の住民たち数人がヤマザクラのそばに集まっていた。
カニのハサミのようなアタッチメントをアームに装着した重機も待機している。
「ヤマザクラ、処分するんですか?」
僕は親しき男性、Uさんに尋ねた。
Uさんはこの集落で製材所を営んでおり、
八ヶ岳山麓に移住したときから僕らは何かと世話になっている。
「ああ、このままじゃ危ないからね」

ヤマザクラは折れ曲がった部分が幹にくっついて浮いた状態になっている。
先端は他の樹木にひっかかったり、寄りかかっていて不安定だから、きちんと伐採するらしい。
「少し朽ちているから木材にはならないけど、薪に使うならいいよ。あげるよ。
ユンボで道路脇に積んでおくから、好きなときに持っていけばいい」
「ありがとうございます!」

僕は一度家に帰って、犬を置いてから再びヤマザクラの現場に足を運び、伐採作業を眺めた。
Uさんや地主のAさんたちが中心となって作業を進め、近所のじいさんやばあさんたちがそれを眺めている。
ちょっとしたイベント気分である。

ワイヤーで吊って、チェーンソーで切り、道端に動かす。
その繰り返しでヤマザクラの丸太は道端に次々と積まれていった。

翌日から僕は軽ワンボックスカーを使った運搬作業をはじめた。
理想は軽トラだけど、田舎暮らしのクルマとして大活躍しているホンダ/ホビオバモスでも運べないことはない。
家まで直線距離400mくらいだから、無理してたくさん積み込まず、こまめに往復を繰り返せばいいだけだ。

Uさんたちがカットした丸太の長さは2m程度。
重くて持ち上がらないので、太い部分は長さ40cm程度に、あとは太さに応じて80cmや120cmにチェーンソーで玉切ってクルマに積み、家に運んだ。
1シーズンは無理かもしれないけど、それに匹敵するくらいの量だ。
いや、効率よく使えば1シーズンもつかもしれない。

燃料の質としてはヤマザクラはコナラやクヌギに比べてランクが落ちるけど、そんなことは気にしない。
それよりも、近所で倒れた樹木1本で一冬の暖房をまかなう。
その姿こそが僕の理想とする薪ストーブライフなのである。

はじめに僕は「感慨深いものがある」と記したが、たかがヤマザクラが倒れただけで、どうしてそんなに感傷的になるのだ、と不思議に思う方もいるだろう。
じつはこのヤマザクラには個人的に思い入れがある。
わが家は薪ストーブを導入して18年間、毎年豊富な量の薪を購入することなく調達しているが、その記念すべき最初の一歩が、このヤマザクラだったのである。

家づくりをしていた18年前。
現場の近くでヤマザクラの巨木が半分割けて倒れているのを発見した僕らは近所を訪ねて地主を探し、譲ってほしいと交渉をした。
地主は都会から移り住んだ僕らに対して好意的で、
「きれいに片づけてくれるならいいよ。持っていきな」と倒れたヤマザクラを僕らに譲ってくれた。
初めての調達だけでなく、初めてのチェーンソーの球切りも、
初めての薪割り体験も、すべてはこのヤマザクラからはじまったのだ。

また、ヤマザクラの幹はかなり太かったので、その部分は薪にせず、木材として使うことを思い立った。
近所に製材所があったので、社長のUさんに頼んでヤマザクラを製材してもらった。
製材したヤマザクラはすぐには使わず、十年以上寝かせておき、自宅の脇にカフェをつくったときに活用した。

わがカフェには旅関係の書籍を集めた本棚があり、
一番下には僕の著作を平積みしたコーナーがある。
その重要な天板として、あのヤマザクラを再生活用したのである。
つまり、初めての薪であり、著作を並べる天板のヤマザクラだったからこそ、
今回僕は感慨深いものがあった、というわけなのだ。

ヤマザクラの丸太は翌日から薪割りをして、棚に積み上げていった。
このヤマザクラを薪として手にするのは、おそらく3年後くらいになるだろう。
そのとき僕は、薪を手にするたびに「ありがとう」の感謝の念が生まれると思う。

たかが薪。
でも自分で交渉して調達して、汗を流してつくった薪である。
そんな薪を燃やして心身ともに暖をとる薪ストーブには、ドラマ性を感じずにはいられない。

 

photo:シェルパ斉藤
Illustration:きつつき華

次回の更新は2014年5月下旬です。

 

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