シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

サクランボ咲く五右衛門風呂

わが家の庭に春の訪れを告げる木がある。
家を建てた年に義母から贈られたサクランボの木だ。

最初は1本の小さな苗木だった。
それほど期待していなかったが、苗木はスクスクと育ち、春が来ると淡いピンクの花を咲かせ、5月にはたわわな実がなるようになった。

うちの土地と相性がよかったのだろう。
地面に落ちたタネからは次々と芽が出るし、それを別の場所に植えても順調に育つものだから、わが家の庭には家族関係にある4本のサクランボの木が並んでいる。

明るさも華やかさもソメイヨシノに比べたら劣るけど、サクランボはソメイヨシノよりも1週間以上早く花を咲かせる。
八ヶ岳山麓の場合、その開花時期がちょうど新学期のスタートと重なる。

♪サークラさいたら1ねんせい♪のサクラは、わが家の場合はソメイヨシノではなく、サクランボの花であり、次男の南歩は小学校の入学式も、中学校の入学式も、そして高校の入学式も、サクランボの花の下で妻とともに入学記念写真を撮っている。

そして21年目となる今年も、淡いサクランボの花が、わが家に春の訪れを告げた。

花の下でコーヒーを飲んだり、食事をしたり、酒を飲むのも楽しいが、わが家には花を愛でるとっておきの方法がある。
湯船からライトアップされた花を眺める花見風呂である。
わが家は庭に五右衛門風呂があり、サクランボの木は五右衛門風呂の隣に立っている。

月見風呂も星見風呂も雪見風呂もいいけど、サクランボが咲く時期だけしか楽しめない花見風呂は格別だ。
気候的にも露天風呂が気持ちいい季節でもあり、花見風呂はわが家の最上級のぜいたくであり、春の風物詩にもなっている。

うちの五右衛門風呂は、鋳物の五右衛門風呂を日本で唯一つくり続けている広島の大和重工業の製品だ。
商品名は『湯牧民』。
アウトドア用として開発されたモデルだが、湯船もかまども薪ストーブと同じく鋳鉄製だから総重量は200kg近い。
キャンプに持っていけないことはないだろうが、現実的には庭に設置したほうが合っている。

アウトドア用を謳っているだけあって、湯船もかまどもメンテナンスフリーで、わが家は15年以上庭に常設して雨ざらし状態なのに、湯船はまったく錆びていないし、どこも傷んではいない。
かまどの焚き口が錆びているだけである。
機関車を思わせるデザインも愛嬌があるし、薪ストーブと同様に末永く愛用できる逸品なのである。

最初はシンプルに庭の中央にどんと設置しただけだったが、より使いやすいように工夫を施した。
まずはウッドデッキを脇につくって入浴しやすくしたし、雨の日でも着替えの服が濡れないように、屋根をつくって簡単な更衣室にした。
さらに業者に頼んで水道の蛇口を風呂の脇に設置してもらったり、排水が楽にできるように配管も施した。

壁はラフな雰囲気に仕上げたかったので、板を3面にだけ、隙間を少し空けて張った。
初体験の女性は戸惑うかもしれないが、ランタンなどの照明を更衣室のなかではなく、外に置くと、マジックミラー方式になって外野からは内部が見えない。
そもそも田舎だから、夜になると周囲の灯りはなくなるし、誰も通らない。
誰でも安心して入れる、開放感抜群の露天風呂なのである。

五右衛門風呂の燃料は薪だけど、薪ストーブで使う薪とは異なる。
玉切った丸太を割ったり乾燥させて、薪をつくったりはしない。
廃材をそのまま使っている。
薪ストーブで使う薪は火持ちの良さが優先されるけど、五右衛門風呂の燃料として求められるのは火力の強さだ。
壁などに使われる杉や檜の板やツーバイ材など、針葉樹の廃材は乾燥していて火力も強く、風呂の燃料に最適なのである。

廃材は知り合いの工務店に頼めば手に入る。
彼らにとって廃材は産業廃棄物であり、処分するには費用もかかる。
その産廃がわが家には有効な燃料となる、一挙両得の事実が痛快でもある。
廃材には釘や金物などもついているが、気にしない。
灰になったらかまどから拾って処分すればいいだけだ。

家の裏手には60cmくらいの長さに切った廃材がラフに積まれている。
1回の風呂沸かしに使う量は10枚くらいだろうか。
多めに燃やしてもまったく気にならない。
なんせ産廃なんだし、頼めば知り合いの工務店が喜んで持ってきてくれる。
お金がかからないという意味でもありがたい燃料なのである。

風呂を沸かすときは、昼間から水を溜めておく。
黒い鋳物の湯船が太陽の熱で温まって、効率よくお湯が沸くからだ。

そして夕方になって着火。
焚きつけは庭やガレージに吹き溜まった枯れ葉や森で拾った枯れ枝を使う。
かまどにたっぷり詰め込んで、点火すると簡単に燃える。
あとは廃材をどんどんくべるだけだ。

1m近い長さの薪がそのまま入ってしまうほどかまどの内部は広いし、かまども煙突もいたってシンプルなつくりだから、ガンガン燃やしてもへっちゃらだ。
いわば焼却炉みたいな(さすがにゴミを燃やしたりはしないけど)、タフで頼もしきボイラーなのである。

風呂が沸く時間は季節によっても、薪の量によっても異なるが、サクラの時期だと45分程度だろうか。
湯船に手を入れてちょっとヌルいかなあ、と思うくらいで薪の追加をやめるのがポイントだ。
五右衛門風呂は途中で火を止めることができない。
ヌルくても熾き火でじんわりと温まって、入る頃にはちょうどいい湯温になる。
ヌルいと思って薪を追加してしまうと、熱くて入れなくなる。

いい湯温に落ち着いたところで、コールマンのガソリンランタンを点火してサクランボの木に吊るす。
延長コードを使ってレフ球で下からライトアップしたほうが花はきれいに見えるが、五右衛門風呂に入るときは電気に頼りたくない。
それにランタンのほうが雰囲気が出る。

さあ、いよいよ入浴。
ゆっくりと湯船に身を沈めると「あー、うー……」という声が自然に出てしまう。
熱めのお風呂でも、ガスや電気で沸かしたお湯と違って全身をピリピリと刺すような痛みを感じない。
薪と鋳物による遠赤外線効果なのだろう。
お湯がまろやかで、じんわり温まる。
水は八ヶ岳の天然水だし(わが家は井戸を使っている)、名湯の温泉に負けない、最上級の風呂なのである。

両足を湯船の縁にかけて見上げると、そこにはランタンに照らされたサクランボの花。
この地に暮らしてよかった、とあらためて思う、至福の時間である。

体が温まったら外に出て涼み、体が冷えたら湯船で再び温まる。
そんなことを何度か繰り返し、そのたびにサクランボの花をじっくり眺める。
春が訪れた喜びをひしひしと感じるが、今年の春はちょっぴり切ない思いもある。

3日前、大学の入学式を迎える南歩にスーツを着させて、これまでのようにサクランボの花の下に立たせて写真を撮った。
その翌日、南歩はわが家を巣立っていった。
サクランボの苗木をプレゼントしてくれた義母も昨秋に天国に召された。

時の流れを感じずにはいられない。
でも大丈夫。夫婦ふたりの生活も悪くない。
こうやってささやかな幸せを素直にありがたいと実感できる毎日を、妻と過ごしていきたい。

「やっぱり最高! ゆっくり楽しんでくるといいよ」
家の中で待っていた妻に僕は声をかける。
妻も僕のように湯船から花を見上げて幸せをかみしめることだろう。
花見風呂でふにゃふちゃになった僕は薪ストーブの前に腰を下ろす。
そして最高においしい風呂上がりのビールを、一気に飲み干すのだ。

Photo:シェルパ斉藤
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は5月下旬です。

 



このWebマガジンはファイヤーサイドが提供しています。

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内