シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

薪になったシンボルツリー

自宅が完成した25年前の春、庭に2本の樹木を植えた。
1本は本連載でも紹介したサクランボの樹木で、もう1本はカツラの樹木だ。
サクランボは庭の中心となるファイヤープレイスの脇に植え、カツラは自宅のウッドデッキの西側、離れのゲストハウスの脇に植えた。
犬たちが暮らすウッドデッキは日当たりが良く、冬はありがたいけど、夏は陽射しがつらい。
夏の強い西日を避ける役目を果たしてもらいたいと思い、樹高が高くなるカツラを自宅の西側に植えたのである。

カツラはすくすくとまっすぐに育った。
屋根よりも高くなり、ねらいどおりウッドデッキの日除けになった。
新緑も黄色く染まる紅葉も美しく、キャラメルやメイプルシロップに似た甘い香りを漂わせる。
カツラはわが家のシンボルツリーに成長した。

しかし、想像力が足りなかった。
植えるときに25年後をイメージできなかった。
植えた場所が建物に近すぎたのである。
大きく育ったカツラは地中でも大きく育って太い根が張り出し、カフェのウッドデッキの基礎を持ち上げるほどになった。

このまま成長を続けると、ゲストハウスの基礎にも影響を及ぼす。
それに万が一倒れた場合は、自宅もゲストハウスも倒壊する恐れがある。
カツラの伐採を考え出した頃、新たな問題が生じた。
大きな幼虫のクスサンが大量発生し、カツラの葉を食い尽くす事態が起きたのである。

葉が食われるだけならまだいいが、体長が10cm以上になる幼虫は大量に葉を食べ、大量の糞をする。
カフェのウッドデッキや屋根などに毎日大量の糞が散乱して汚れるし、雨樋も詰まる。
さらに葉を食べ続けて太った幼虫がデッキにボトリと落ちてくることもある。
ゲストが訪れるカフェを営んでいる立場上、好ましくはない。

わが家の歴史を刻んできたシンボルツリーがなくなるのは忍びないが、冬が訪れて葉が落ち切ったらカツラを伐採する決意を固めた。

樹木の伐採は何度となく経験しているから慣れているが、今回は事情が異なる。
カツラは建物に囲まれていて、根元からバッサリと倒せる状況にない。
建物に当たらないように、上部から少しづつカットして地面に落下させなくてはならない。
そのためには自分がカツラの上部へ登る必要があり、少しでも高さをかせぐためにカツラの根元に軽トラをとめ、軽トラの荷台に2段梯子をセットして最長に延ばした。
そしてトップまで登って梯子のステップとカツラをベルトで縛りつけて固定。
ヘルメットやハーネス、エンジン式の軽量チェーンソーを用意してカツラの伐採に取りかかった。

高所の作業は想像以上にきつかった。
万が一に備えて体に縛りつけたハーネスをカツラの幹につないで作業を開始したが、バランスを確保するために左手で樹木をつかむ必要があるから、チェーンソーを右手だけで操作しなくてはならない。
経験者でないとわからないだろうが、右手だけでアクセルを操作して樹木を伐採するのは腕の筋肉にかなり負担がかかる。
軽量とはいえエンジンのチェーンソーはそれなりに重く、回転するチェーンを抑えつつチェーンソーを片手で保持して伐採するのは、重労働なのである。

張り出した枝から伐採を進めたが、幹を切り落とす勇気と体力はなかった。
どう進めるべきか再検討して、チェーンソーを変更することにした。
エンジンのチェーンソーだから重くてアクセル操作も面倒で危険なのである。
軽量で扱いも簡単な電動チェーンソーなら、負担が軽減できる。
近所の友人がコードタイプの電動チェーンソーを持っているので、それを借りて仕切り直しをすることにした。

自分たちで育てたカツラだから、自分たちの手で処分するつもりでいたが、強力な助っ人が現れた。25年前に住み込みで家づくりを手伝ってくれた友人の岳(がく)だ。
岳はうちの家づくりに参加したあと、本物の大工になって腕を上げ、現在は特殊伐採などの仕事も請け負っている。
そのための道具も持っているし、「俺がやりますよ」と言ってくれたので岳にまかせることにした。

岳のチェーンソーは充電式だった。
片手で扱える軽量コンパクトのモデルでありながら、パワーは十分。
岳はカフェのデッキの屋根に2段梯子をセットしてスルスルと軽快にカツラのてっぺん近くまで登った。
そして枝を落とした後、40cmの薪にしやすいようにと80cmずつ幹を伐採して、地面に落とした。

だるま落としのようにカツラの樹木は短くなっていき、最後はエンジンのチェーンソーに切り替えて、カツラの伐採は終了した。
根元の直径は50cmもあり、25年でよくぞここまで育ったなと感心した。

長年の懸念だった伐採が無事に終わった安堵感もあるけど、わが家で育ったシンボルツリーがなくなってしまった喪失感と寂しさもある。

僕は80cmの長さにカットされたカツラを家の裏の薪割り場に運んだ。そして40cmの長さに玉切りして、薪割りをした。伐採したばかりのカツラはスパッと割れるが、割れたカツラの表面はしっとりと湿っている。生命を感じる湿り気である。

広葉樹ではあるけれど、25年でここまで太くなるんだから、繊維はそれほど詰まっていない。薪としては上質とはいえないだろう。
でもうちで育てた薪だ。僕らの歴史を刻んだ薪だ。
この薪を燃やすのはしっかりと乾燥した3年後か4年後になるだろう。
この薪を薪ストーブにくべるとき、僕はきっと感謝の思いを込めて暖をとるだろう。

Photo:斉藤政喜

*隔月連載。次回の更新は2021年3月下旬です。

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