宮崎学「森の動物日記」

森と里と野生動物たちから教わった自然のメッセージ 信州・駒ヶ根在住の動物写真家宮崎学のフォトエッセイです

ノウサギの見つけ方

長野県伊那谷では、ここ数年来ノウサギが少しずつ見られるようになってきたと兼ねてから発信してきました。
30年ほど前の1980年代には、中央アルプス山麓ではまったく姿を消していたノウサギだったので、もう、絶滅してしまうのではないのかと思っていたのです。
それが、ここ5年ほどの間に雪の上にちらほらとノウサギ独特の足跡が見られるようになって、その後の動向が気になっていました。
それが、今年(2017年)はノウサギの足跡がいたるところで目撃されるのです。
もちろん、糞などもあります。
これは、ノウサギ完全復活と宣言してよいでしょう。

いまから50年ほど前の1970年前半までは、ノウサギはいたるところに生息していました。
中央アルプスのロープウェイのある県道では、夜間に車を走らせると、10kmほどの道のりだけで、多い夜には70頭ほども林道に飛び出してきたものです。
とにかく、ノウサギだらけでした。
それが、1980年代には同じ道路を走っても一頭も飛び出すことなく、雪道にもノウサギの足跡が目撃できませんでした。
そして、いつかは復活することを夢見ていたら、ここ数年の間に少しずつノウサギの足跡が見られるようになってきたのです。

このような現象から何が見えてくるでしょうか?
50年前、山は広大な面積を皆伐された直後で、植林されたばかりの幼木がいっぱい植わっていました。見渡すかぎりのハゲ山状態だったのです。
その時期にノウサギは大量に目撃されていました。
ボクは、木を伐ってハゲ山状態になったことが、ノウサギの生活をしやすくしていたと判断していました。
その植林木が、年と共に成長して、今では樹髙30mとか40mの大きな森林となりました。
この過程でノウサギは下藪の混成で視界を阻まれ、棲息するのに極めて不利になっていたと思われます。
とにかく、ノウサギは「脱兎のごとく」という言葉もある通り、外敵から逃れるために猛スピードで走ります。
森林の成長過程で、下藪がうっそうと茂る森では、ノウサギが走るには障害物が多くて、走ることができなくなってしまったといっていいでしょう。
このあと、山林は安定期となって林床も見通しがよくなってきたので、ノウサギが再び棲息可能になった、とボクは判断しています。

自然界は30年単位くらいで、植物などが盛衰を繰り返して動いているものです。
このような植物の動きはゆっくりなので気づきにくいものですが、日本社会全体のライフエネルギーが「電気、ガス、石油」となって半世紀以上たちます。
この間に人は山野の樹木を「生活燃料」としてまったく伐らなくなりました。
この過程でノウサギの棲めない森をつくっていたのです。

今回のノウサギの復活劇も、こうした30年スパンの一つに過ぎないと思うのです。
このあと、再び激増期を迎えて、30年ほどして、また衰退していく可能性もあります。
そこを見届けていくのが、私たち現代人の自然観なのではないのか、と思っています。

今回は写真を紹介しながら、自分たちの身近にノウサギがいるかどうかを発見するポイントを紹介します。


Photo:左側がノウサギの足跡だけど、これは向こうにむかって走っていく痕です。
ヒトの顔の目と鼻と口にたとえるならば、口と鼻の部分が前肢で目となるところが後ろ肢。まず、前肢を前後しながら着地して、そのあとに後ろ肢がやってきて着地する。
このときに後ろ足にはチカラをこめて蹴り進むから、この時点で前足はすでに地上を離れて次の着地点に向かう。
こうして前肢と後肢を繰り返し前後して進む動作を繰り返していることがわかる。
こんな足跡から、ノウサギの肢体の動きを想像してみるのも楽しい。
右側の足跡はキツネが数回同じところを前後して歩いた痕です。


Photo:これは、ノウサギがコチラへ向かってきた足跡。
後ろ足裏のほうが大きいので前後どちらに向かっているのかを知るには大きなポイントとなります。

Photo:冬は植物や樹木が樹液をあげていない時期にあたるから餌そのものに「水分」が少ない。このためノウサギの糞は乾燥していることが多いのです。
このように糞がまとまってたくさん残るのは「ため糞」なので、ノウサギが安心して長時間すごす重要な場所。
こうした糞のちかく100m以内には必ずノウサギの姿があります。

Photo:夏の山野では植物が活発な成長過程を繰り返すので、大地から水分をどんどん吸います。このため樹液の多い植物の葉や茎をノウサギが食べるので、糞には水分も多く葉緑素の多い黒色に近くなります。
これも、「ため糞」なのでこのような糞があれば近所に必ずノウサギが潜んでいます。


Photo:活動中のノウサギは便意を催すたびに糞をどこへでも落としていきます。
本来はそうした一粒の糞を見つけることのほうが多いのですが、一粒の温かい糞が新雪を溶かして沈んでいったのがこの写真。


Photo:植林されたヒノキ苗がノウサギに樹皮を齧られて茶色く枯れてしまった。


Photo:雪がなくても畑の土を柔らかく耕してあればノウサギの足跡は充分に観察されます。左がノウサギで右がキツネですが、この足跡はキツネに追われているノウサギと考えていいでしょう。
なぜならばノウサギの足跡の歩幅が1.5mほども離れているからです。
もちろん、キツネも走っていますね。

Photo:ノウサギの糞は個体によって大きさもまちまちですが、カタチはほとんど共通しています。この糞の大きさで、そこに棲むノウサギの年齢がおおよそ見当つきます。


Photo:ノウサギは単独行動をしますので、行動中はこのように一粒だけ糞を残していくことが多いものです。この糞の大きさを追跡していけば、個体によって大きさが違うのである程度の棲息頭数の見当もつきます。


Photo:冬のノウサギの糞が乾燥しているのでまったく臭いがしません。
触っても、とてもきれいですしどんなものを食べているのかにも興味がもてます。

Photo:早春にアサツキの茎を食べたノウサギの食痕。
冬の間にどんなにか緑の餌を待ちわびていたかがわかります。

 

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