田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

The Woodburner need not be poverty. ピッザより五平餅

クリスマスの日、旧友の山荘に薪ストーブを施工しに行った。
「年内に入るかな……」。
そう言った、友人の声が耳に残った。
本心をいえば、春になってからにしたかった。

冬の高冷地の朝まだき。
八ヶ岳山麓から2台の2トントラックが山中湖に向けて出発した。
氷点下10度だった。
東富士五湖道路から見えている富士山が壮麗だった。
凛として雪化粧したその山頂から、雪煙を吹き出していた。

9時にKの山荘に着いた。
来年定年を迎える彼は、数年前に古い別荘地の一角に建つ、古い山荘を購入した。
以来、横浜の自宅と山中湖の山荘を足繁く往き来しているらしい。
マッシュルーム・ハンティングと山菜採りとバードウォッチング、
それからオフロード・モーターサイクル乗りが彼の趣味だ。

 

 

薪ストーブの施工に簡単はない。
いつだって、何某かの伏兵がそこには潜んでいる。
煙道工事は一筋縄では終わらない。
薪ストーブを施工する際には、
熟練した板金職人と機智の才にたけた大工職人の手を借りなければならない。
山中湖を渡ってくる風は凍っていた。
その風に吹かれながら、屋根の上に三人の男がいた。

薪ストーブの施工は、いつも夕暮れに追われながら終了する。
それから、慌ただしい後始末の後、いよいよ火入れの儀式にたどりつく。

Kの薪ストーブは、レゾリュート・アクレイムのクラッシック・ブラック。
その黒いストーブの大きなガラスドアにオレンジ色の炎が揺らぎはじめた。
ストーブが少しずつ暖まっていく。
ストーブと煙道の塗料が焦げる臭いがする。
窓を開けて、その臭いを換気しながら、レゾリュートの温度を上げていく。
凍っていた室内が、ゆっくりと暖まっていく。
しかし、今日は試運転の日だ。
ストーブの温度を上げすぎるべきではない。
ストーブの鋳鉄が馴染んでくるまで、幾度かの慣らし運転が必要だ。

「三月になったら、2トンダンプに山積みの薪を運んでくるよ。
その時に、チェンソー学校を実施しよう」。
そう言い残して、八ヶ岳への帰路についた。

Kは、ファイヤーサイドのウェブサイトを開いて、事前にアクレイムの学習をしていた。
大小2丁の斧と楢の薪束も用意していた。
彼は、良き薪焚き人になるだろう。
彼の自然趣味と孤独を、アクレイムが暖かく慰めてくれるだろう。

 

 

 The Simple Life need not be poverty.
薪焚き人は貧困とは無縁だ。
富を経験したことのない自分にしてみれば、富の何であるかはわからない。
しかし、「シンプルライフに貧困はない」と確信している。
貧困は心の狭さ貧しさに由来する。
「何かと言えば、職がない、仕事がない」と言う。「それが、貧困の原因だ」と。
本当にそうだろうか?
仕事は、“有るか無いか”ではなくて、自分で創るもんなんじゃないだろうか。

生きることが仕事だ。
自分らしく、より良く生きることが、先ずもっての一番大切な仕事だ。
そのために必要な金を、どう自分らしく稼ぐかを考えればいいんじゃないのか?
自分に何ができるかを考えよう。
想像力がすべてだ!
貧困も絶望も戦争も原発事故も、想像力の欠如から来る。

紀元前6世紀に、ギリシャのアテネで最初のコインが発明された。
金は便利な道具だった。
お金の御陰で、人は血縁的共同体の呪縛から解放されて、自由を知った。
しかしそれは同時に、プライマリーな集団からの孤立であり、
安気な自給自足的自然生活からの絶縁でもあった。

「自分の菜園を持っている貧者は、
サラダであれフルーツであれその庭で育てられる全ての物を、
それを持たない富者よりもより良く食べるだろう」
J.C.Loudon,An Encyclopedia of Gardening 1826年

 

 

この文章を、この家の家計的に言い替えれば、
それは今“日本人ならピッザより五平餅だろ”ということだ。
ピッザは好きだよ。でもー、それを今望むのはちょっとー。
高価なガソリンを消費してタイヤのゴムを磨り減らして、
食材を求めに街のグロサリーに行かなければならない。
賢者は、面倒を避ける。
台所には食べ残した冷や飯がある。
アンコールが上機嫌に歌っている。
そうだ! 五平餅を食べよう。

五平餅は、ファイヤーサイドのある伊那谷エリアの郷土料理。
昔、五平衛さんという樵がいた。
彼の好物は、味噌の付いたおにぎりを鉈で削いだ木べらに握りつぶして、
焚き火にかざした焼きご飯だった。
五平衛さんは、季節の木の芽や木の実をすぶして味噌に混ぜた。
その味噌が焚き火で焦げるいい匂いが漂うので、仲間の樵達もそれを真似た。
で、誰言うとなく、それを“五平餅”と呼ぶようになった。

 

五平餅のレシピ

五平味噌;味噌、煎り胡麻、清酒、砂糖を擂り鉢ですり混ぜる。
我がエリアは胡桃の産地。で、この家では好んで胡桃もすり潰す。

ご飯;擂り粉木で軽く潰して、粘りを出す。
木べら;手斧で生の薪を割って作る。乾いた薪で作った木べらは、すぐに燃えてしまうだろう。
木べらにご飯を楕円状に握りつぶす。
厚さは2センチまで。その方が、火の通りがいい。

調理法は写真通り。
ご飯の表面がこんがり焦げたら、刷毛で味噌を塗って軽く炙って召し上がれ。

注意;五平餅は見た目よりもリッチな食べ物。
美味しいからといって、食べ過ぎないように。

追伸;トップローディングの薪ストーブっていいな!

Photoes by Yoshio Tabuchi
 

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