田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

You’re secretive. 薪ストーブの秘密

春が遅刻している。冬が、意地を張ってるんだ。
アンコールとイントレピッドは、まだ忙しい。

ストーブトップに置かれたケトルで湯がたぎっている。
バードフィーダーに飛来する小鳥たちの羽音が、聞こえる。
雪が舞いはじめた。
クァーとひと声叫んで、赤松の梢からカラスが飛び立つ……。
何が言いたいのか…お前。

 

 

原子力発電による電力の供給は、国策としてある。
それを容認したのは、国民。
しかし、原発建設を拒んだ海辺の村や町もあった。

民主主義は、衆愚政治に陥りやすし。
古代アテネの民主主義が国を滅ぼしたように、”民主主義の堕落”はあるんだ。
政権を奪取することしか考えていない政党と政治家。
その後のことは、何にも考えていない。

嫉視する衆愚に我も陥り易し。
考えよう。深く静かに、独りで。

我々は、時間を金で買ってる。もっと速く、もっと便利に…。
時は金なり。それを実現してくれたのが、化石燃料であり、電力だった。
なかでも、コンビニエントなエネルギーとしての電力に人々は心惹かれた。

エネルギーは金だ。
原発により電力供給率が40%に及んでいた。
どうしてかと言えば、他の発電システムのコストを、原発のそれが凌駕していたからである。
「便利な電気をもっと沢山!」
我が山村であっても、オール電化の家がスタンダードなものになろうとしている。

夢のエネルギーとも思える原発だが、そこには重大なリスクが潜んでいる。
使用済み核燃料の最終処理問題。そして、核暴走の危険。
ウラン鉱石は、今世紀中には枯渇する。
原発のエネルギーは、場当たり的なものだ。
原発は、“現代人にとってのイカロスの翼”かもしれない。

 

 

いつになく、春の淡雪がよく降る。
これって原発事故の影響? もしかしたらね…。
衆愚はビールを好み、賢者は水を飲む。どっちにしたって、水質汚染はよくない。
“ただより高いものはない”と云うが、それは、水と空気のことだ。

人が司るエネルギーの個性によって、文明は支配される。
薪炭をエネルギーにしていた時代には、森林に寄り添いながらの文明があった。
人類の歴史のほとんどを、“薪炭時代”として捉えることができる。

近年になって、化石燃料の活用が、文明に革命をもたらした。
石炭、石油、天然ガス、そして、原発。
我々は、内燃機関と電力が支配する文明を生きている。

 

 

人は、生き急いでいる。
時間を、お金という名前のエネルギーで買っている。
そのコストが今、思っていた以上に高い付けになろうとしている。

人は、どうして生き急ぐんだろうか?
ヘンリー・D・ソロー(1817~62年)は、“ウォールデン、森の生活”の中でこう書いている。
「生き急がない! と云う決意ほど人生の役に立つ決意はない」と。

 

 

ジオグラフィカリー(地理学的)な視線で、我が弧状列島を空想してみよう。
大空をソアリングする鷲の目で、自分の住む都会や街や村や山里を俯瞰しよう。

我々は、クローズアップレンズに映し出される幸福を求めた。
見たい物だけを、見ていればいいからね。
自分さえよければ…、そう思ったわけではないのだが、
自分たちのコミュニティー全体を鳥の目で見つめる野性を喪失してきた。

 

 

我々の祖国は、変化に富んだ弧状列島としてある。
亜熱帯から亜寒帯まで。急峻な山岳に恵まれ、山水清く冷たし。
入り江の水際、山襞深くにも人々暮しければ、日本列島に中央集権は馴染まない。
我々の国は、もっともっとローカル色豊かな個性的集合体であるべきだ。
思うんだが、「この度の自然災害的三重苦は…中央集権主義の破綻でもあるんだ」と。

地方地方で方言があるように、多様なエネルギーを使い分けよう。
方言に、耳傾けよう。
エリア、エリアの方言でしか伝えられない思いが、方言にはあるんだ。
方言の多様性は、日本列島の宝だ。

地方公務員は今、頑張れ。国家公務員と肩を並べよ。
希望に満ちた郷土めざして、良い仕事をしてくれ。
電力の乱用を慎もう。
利便さとは、往々にしてマナー違反であることに気づこう。

 

 

きみは、頼れる奴だ!
薪ストーブは、自立したエネルギーシステムとしてある。
薪は、地産地消的エネルギーなり。
薪ストーブは、アナーキーだ。そこがね、きみの奥深いところさ。

きみは、いつだって格好いい。堂々としている。
薪ストーブと薪エネルギーの秘密的魅力。
きみには、野性が宿っている。きみは、神秘的だ。   

優しい気持ちになろう。
優しさは、支え合うためのエネルギーだ。
今は、そのエネルギーを燃やすときだ。 

Photoes by Yoshio Tabuchi
 

 

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