田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

薪ストーブと台所家電

オーブントースターが故障した。
電源の接触不良?
自分で直せるような気もしたが、断捨離することにした。
余談になるが、イタリア製のこのオーブントースターは高温にならなかった。
ヨーロッパにおける家庭用電力は120ボルト。
その家電を日本の電力である100ボルトで使っていたのだ。
寒山木工工房には三相200ボルトの工業用電力を115ボルトに変電する変圧器が装備されている。
ヨーロッパやアメリカ製の電動工具に対応するためだ。
100ボルトと115ボルトとのパワー差には、相当な隔たりがある。

さほど小さくはなかったオーブントースターを取り除いた後の棚は、貴重なスペースであったことがわかった。
狭い台所で、その空間は食品棚にも配膳台にもなる。
オーブントースターの便利さと、何も置かれていない場合のその空間とどっちが便利なんだろうか?
その答えは明白。無いほうが断然便利!
おもうに、竈と流ししかなかった昔の台所は、さっぱりとして使い勝手がいいものだったのではなかろうか。
ついでですから、電子レンジと電気炊飯器を台所から追い出すと、非常にすっきりすることをご報告しておきましょう。

 

 

さて、この話の本題はこうだ。
オーブントースターを追い出したことで、ロールパンとかをトーストすることができなくなってしまった。
しかしながら、窮すれば通じるものだ。
ユーレカ! 我、発見せり! わかった!
アンコールのストーブトップが、一瞬にしてオーブントースターになることを発見した。
「そんなこと、とっくの昔から知ってるよ!」という声がしないでもないが、そのことをここで公にしたい。

 

 

写真をご覧あれ。
このウェブサイト・コラムエッセーの賢明な読者なら、あなたの頭上にも200ワットの白熱電球が煌々と点灯したことでしょう! 
ストーブトップ的簡便オーブントースターで大切なこと。
ストーブトップの天板は高温だ。
で、トリベットの上にトーストしたい食品を置くが良き候。

「ストーブに火が入らない夏場はどうするんだ?」という意地悪な声がする。
心配無用。
この家の台所にだって、ガスレンジはある。
ガスレンジにクレープ用のフライパンをかざして、鍋を被せれば同じ事だ。

 

 

ベイクドポテトが美味しい季節。
プロパンガスのガスオーブンで焼き芋するのは、ガス代がベーリーコストリー。
また、このことのために、薪焚きのオーブンレンジを稼働させるのも面倒。

薪ストーブの灰皿で薩摩芋やポテトを簡単に焼くことができます。
その秘訣は、炉床と灰皿の灰を綺麗に取り除くことです。
そうすることで、灰皿内の温度は高温になります。

 

 

実をいえば、わたしはショッピングマニアだ。
子供の頃から物好きだった。
「ヨッチャンだったら絶対に向いてる。
推薦状書くから、入社試験受けてバイヤーになりなさいよ」。
伊勢丹に勤めていた義姉からそう言われたことがあった。

「物より心です」。
なんて言う奴は嘘つきに決まっている。
飛びかかって、胸ぐら掴んでやりたい。
物と心は一つのものだ。
物には心ある物と心ない物がある。
心ない者が、心ない物を作る。
心ある者は、心ある物を作る。
また、心ない者が、心ない物を売る。
心ある者は、心ある物を売る。

 

 

豊かな社会になった、という。
しかし同時に、豊かな心ある物が欠乏している。
大量生産、大量物流、大量廃棄。
物流による、物流のための、物流社会。
今は、そういう時代でもある。
我々は、ゴミを買わされている。
我々は、喜んでゴミを買っている。

恥ずかしながら、生き長らえて、その分、多くを買ってきたから言うんだが、心ある物は少ない。
だから、“自由になる金で、何を買うか”ということが大切なのだ。
心ない物を買えば、心ない産業が栄える。
心ある物を買えば、心ある者達を勇気付ける。

安く売られている物を警戒しよう。
高級な物は、人目に付きにくい高い位置に置かれている。
商品の回転率が良くないからだ。
少なくとも、グロサリー(スーパーマーケット)の棚はそうなっている。
美味しい物を少しだけ食べたいんだったら、グロサリーでは上を向いて歩きなさい。

 

 

風が、そよりともない師走の昼下がりだ。
庭も、野も、森も、山も、静まりかえって、小鳥の声もない。
この静けさは、やがて雪になるそれだ。

雪を待つ庭。雪を待つ森。
わたしはテーブルソーで左手の指先を怪我して、力仕事も木工もできないでいる。
年内にもう少ししておきたい仕事があった。
しかし、それを怪我でさっぱり諦めるしかなくなった。
少し痛かったが、それは、いいことだったのかも知れない。
立ち止まって、逝く年、来る年を思ってみなさいという命令なんだろう。

「怪我をする時勢には怪我をするが良き候。
 死ぬる時勢には死ぬが良き候」 良寛和尚

 

 

Photoes by Yoshio Tabuchi
隔月連載。次回の更新は2月下旬です。

 



このWebマガジンはファイヤーサイドが提供しています。

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内