田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

養蜂家への道

年を取ったら蜜蜂を飼おうとおもっていた。
おもえば、もう充分に年を取ったので蜜蜂を飼おう……とこの冬におもった。
庭の奥の林野を開墾して養蜂場を作った。
灌木の切り株を抜いて、薮を刈って整地して、巣箱の宅地を造成した。
そこは崖の上の岬になっているので、蜜蜂の飛航には好都合な土地におもえた。
蜜蜂は、岬の飛行場から大空に飛び出して行くのが好きだろうと思ったのである。

 

 

四月に、岐阜市を根城にする“秋田屋本店”を訪ねた。
この会社は、創業文化元年を謳う養蜂家のメッカである。
会社の養蜂場に案内されて、半日のレクチャーを受けた。
わたしは、”ハイアマチュア養蜂器具セット”を注文した。
2群の蜂を飼うための2セットの巣箱等全31セットで¥258,000だった。
安くはない初期投資だ。
“ビギナー養蜂器具セット”は¥193,000だったが、高いほうのセットを買ったのだった。
事を為すに際してのインベストメント(投資)は、ケチるべきではない。
初期投資は、早晩回収されるべき出費としてある。
そうであれば、それはじっくりと時間を掛けて無駄なく回収されるべきだ。
物の値段には、おしなべて高い安いがある。
そして、高い物には高い理由があり、そうでない物にはそうでない理由がある。

 

 

五月になって、ハイアマチュア養蜂器具セットは送られてきた。
その数日後に、6枚巣枠群巣箱入女王蜂が届いた。
巣箱の中から蜜蜂の羽音がブンブン聞こえてくる。
もう後戻りは出来ない。わたしは、蜜蜂という生き物を買ってしまったのだ。
われわれの蜜蜂は温順多産なイタリア種。
行政は、養蜂を“畜産”として捉えている。
養蜂は、農林水産省畜産科の管轄下にある。
わたしは、養蜂家と呼ばれる畜産家になろうとしている。

 

 

蜜蜂は可愛い! 蜜蜂は小さい!
巣門から飛び出して、一直線に大空に吸い込まれていく蜂。
空から巣門に帰還してくる蜂。
蜜蜂は、空飛ぶ小さなペットだ。
折しも、庭のラズベリーが花盛りだった。
すぐ側を流れる金峰山川沿いのアカシアが咲き始めた。
巣枠にみるみる蜜が蓄えられていく。
巣箱に継箱(つぎばこ)を重ねて巣枠を増やした。

6月23日。蜜蓋に覆われて重たい巣枠を4枚、ローヤルブルーに塗装された手動式遠心分離器に掛けて採蜜した。8キロの蜜が絞れた。
あと二枚の巣枠を絞りたかったが、琺瑯のバケツがいっぱいになってしまった。

アマチュア養蜂はけっしてそうではないんだという噂にもかかわらず、養蜂家の至上の目的は蜜蜂の蜂蜜を搾取することである!
白い琺瑯のバケツいっぱいに沈み込んだ琥珀色の蜂蜜。
それは、菜園における野菜や果物の収穫とは違うものだ。
これは、養蜂と呼ばれる畜産的採蜜としてある。
そして、これは1キロ5千円の価値がある畜産物としてある。
そのような物として、“コールドマウンテン・初夏ガーデンハニー”は10本の瓶に瓶詰めされた。
すべてが初めての体験であり、わたしと妻は疲れた。
われわれは、絞りたてのガーデンハニーを舐めて、その疲れを癒した。

 

 

子供の頃からずっと“虫屋”だった。
昆虫好きは、自分たちのことをそう呼ぶ。
学生時代には、早稲田大学生物同好会に籍を置き、昆虫班のメンバーだった。
自分は蝶のコレクターだった。
蝶は、どちらかといえば南方に多産する昆虫だが、そうではない蝶の仲間もまたある。わたしは何故か、北方系の蝶に憧れた。
で、捕虫網を携えて高山を訪ねた。
そして、山好きになって、山に住んでいる。

蝶と蜜蜂の生息圏は重なる。
陽当たりよくて、乾いて暖かい土地。
草ぐさの花と木花が咲き競う処で、蝶も蜂蜜も栄える。
そのような環境は、人が住むべき土地でもある。
日本列島には200種以上の蝶が生息する。
その多様さは、そのままこの列島の自然の豊かさを物語るものだ。
そうであれば、我が列島は蜜蜂のアルカディア(理想郷)でもある。

われわれの祖国は、極東アジアの洋上に浮かぶ緑豊かな弧状列島としてある。
幾多の蝶を愛で、蜂蜜舐めて、好んで薪ストーブを焚いて暮らすことが、われわれ日本人の幸福です!
みなさん、極端な工業化社会なんてつまらないもんです。
緑も花も蝶も蔑ろにされるし、美味しい国産の蜂蜜も高価すぎるし、それはおもしろくない国です。

 

 

みなさん! 今ある少子高齢化社会を嘆かないでください。
それは、この国がもとの神世に戻るための試練としてあります。
おもうに、エネルギーと食料と蜂蜜の自給自足が先進国の基本的条件です。
この国の人口は、せいぜい3000万人といったところかな。
100年前のそれです。自分の本心を言えば、300万人が理想。
みなさん、我が国の人口減少化は、われわれの誇りであり人口学者が賞賛するところの美徳です。

自分が子供だった頃、世界の人口は20億人と教えられた。
それが今は、70億以上?人口問題を語るのは禁句になっている。
それは、生物学的な現実であり、宗教的な価値観にも反するからである。
しかし、人口問題を抜きにして世界を語るのは欺瞞だ。
なぜならわれわれは今、この地球が1年間で生産できる能力の2倍以上を1年間で消費しているからです。

「小綺麗な詩の一つも書いたら、夜が明けないうちに死んでしまえばよかったんだ」と思わないでもない。
しかし、虫屋の成れの果ては、近所の川で岩魚釣って、庭で蜜蜂飼ってその蜜を舐めて、更に長生きしようとしている。人口問題は複雑だ。
みなさん、忌憚なく言いたいことを言うのが、老人の特権であり仕事です。
また、それが長生きすることの口実でもあります。

「次世代を担うのは若者だ」と、人は言う。
生物学的にはそうだろう。
だが、メタフィジカル(哲学的)な意味ではどうなんだろうか?
高齢者のみなさん、国産蜂蜜舐めて長生きして、もっともっと世に憚りましょう。

 

Photoes by Yoshio Tabuchi

隔月連載。次回の更新は8月下旬です。

 



このWebマガジンはファイヤーサイドが提供しています。

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内