田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

初秋の歌

ベルガモットの花にはキアゲハ。
オレガノにはミドリヒョウモン。
ルドベキアにはジャノメ蝶。
それから、山萩には蜜蜂。

花々が、紅に黄色に紫に咲き競っている。
夏はまだたけなわで、日差しの中で長くは庭仕事ができない。
風のない真昼時。
木陰に置いたベンチに腰をおろせば、
木々は深い緑に沈んで、物思いにふけっているよう。
その枝はそよりともしない。

アキノキリンソウが咲き始めた。
ツリガネニンジンの薄紫は秋の色。
カワラナデシコのピンクが、いつになく鮮やかだ。

 

 

わたし、この夏は遊び暮らしました。
久し振りに、釣りて釣りて釣り暮らしたんです。
昨日のつづきを今日釣って、今日のつづきを明日釣って……。
腱鞘炎になるほどフライロッド振って、岩魚釣って岩魚釣って、きみの夢やきみの嘘や、きみの仕事やきみの腰痛なんて知ったこっちゃないんだ。

わたしが釣りして、のらくら遊び日暮らしていると、みんなが歓ぶ。
「タブチがまた貧乏こじらしてる!」。そう思って笑う。
仲間の成功は面白くないものだ。仲間の貧乏は笑える。

 

 
北海道の古い釣り友に電話した。
「釣りしてる?」
「やってますよ。釣り師から釣り取ったら、なんにも残りませんからね。
この夏は、尻別川で60センチのレインボウ釣りましたよ」

Make a sense. なるほど。
遊び仲間の言葉が胸にぐさっと刺さった。
で、九月になったら道南を訪ねる。
彼と釣り暮らすことにした。
モンタナの九月を一緒に釣り暮らして以来の再会だ。

 

 

好きな釣りを諦めて、出世した同僚がいる。
一流企業で常務取締役にまで登りつめた。
退職金いっぱいもらって順風満帆。
ベンツ、BMWのコンバーチブル、高級車を乗り継いで組織労働者の鏡。

数年前に、その彼が新しい外車に乗って釣りに来た。
再会を歓んで、村内の川を案内した。
でも、なんだか楽しくなかった。
川の女神も微笑まなかったので、釣れなかった。
出世した者には、その高級車に見合った自尊心があるらしかった。
タブチは、なんだか淋しい気持ちになった。
「昔のようには、冗談言い合って遊べないんだな」と思った。

 

 

釣りは、暇をつぶしたり、のらくら遊び暮らしたり、物思いにふけったりすための健全な娯楽としてある。
それは、生き急がないで、“時を無駄遣いする楽しみを楽しめ”という形而上学だ。
マックス・ウェーバー(ドイツの思想家)の「プロテスタンチィズムの倫理と資本主義の論理」に反抗しなさいという命令でもある。
 
時は金ではない。時は時だ。
我思うに、人生は楽しむためにあると思うが故に我あり。

「薪ストーブに現を抜かしている奴は愚かだ。
限りある時を無駄遣いして、薪作っている奴は時代錯誤だ」。
オール電化の家に住んでいる者は、そう思っている。
そうでしょうとも。
でも、薪焚き人はこう思っている。
「庭に積み上げられた薪山こそが現だ」と。

 

 

株価が急落すれば、関係ないけど薪焚き人はなんだか嬉しい。
原油価格が下落すれば、先物買いに「ベー、いい気味だ!」と思う。
株好きの兄貴の渋い顔が目に浮かぶ。
身内だから言うのだが、この兄は株なんかに嵌らなければ、もっと楽しい人生を生きているのに……と思う。

金融に嵌った人生は、すべてがマネートリップ。
人生の喜怒哀楽は、株価やファンドのマネーバック次第。
タブチの母方の被祖父は、大阪ではちょっとは有名な機関投資家だった。
世界大恐慌の折りに、大博打に出て見事に破産! で、ピストル自殺した。
本当なら、笑える話だ。
土は土に。灰は灰に。アーメン!

時を無駄遣いして大きな鱒を追い求める釣り人と、時を無駄遣いして株価のモニタースクリーンにしがみついている奴と、どっちが偉いんだろうか? おんなじだ。
だったら、毛鉤振ってる方が健康にはいい。   

 

  

 

いつになく暑い夏だった。
高冷地の住人も夏バテした。
で、この夏は長い夏休みを決め込んだ。
朝のまだ清々しい時刻にだけ、庭仕事をした。
後は、毛鉤を巻いて、来る日来る日の夏の夕暮れを近所の川で釣り暮らした。

で、どうしたかって?
それがねー、菜園の作物はおしなべて大豊作!
薪ストーブの灰の御陰と猛暑のせいで、トマトも馬鈴薯もカボチャも見事なでき。
わたし、故もなく勤勉でありたいと願った自分に困惑してます。
西欧の近代合理主義に反して、結局のところは、すべてはお天道様次第だったりして……。

 

 

Song at the Biginning of Autumn.
夏はまだ燃え立っているが、初秋の歌がきこえる。
朝、庭を歩けば、サンダルのつま先が芝生に宿った露に濡れる。
夏眠から覚めたスジボソヤマキ蝶が目立つようになった。
耳をすませば、虫の音がする。

 夢はいつもかへって行った 山の麓の淋しい村に
 水引草に風が立ち
 草ひばりのうたひやまない
 しずまりかえった午さがりの林道を
 (立原道造 のちのおもいに)

夏がゆこうとしている……。
魚釣る浅い玉砂利の流れに永遠を見た、あのソローならわかってくれるだろう。
この季節に宿る豊かなノスタルジアを。

 

Photoes by Yoshio Tabuchi

隔月連載。次回の更新は10月下旬です。

 



このWebマガジンはファイヤーサイドが提供しています。

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内