田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

No shortcuts. No cheating.

妻が庭から帰ってきて、笑っている。
「嬉しそうじゃん」
「これよ。見て」

ジャケットのポケットから椎茸を取りだした。
凍った椎茸だ。
数日前に雨が降って、気温が上がった。
あの日に出たんだ。
そして、寒気が戻って凍り付いた。

一昨年の春に種駒を打った榾木から出た。
我が庭の原木栽培椎茸は、3年目の秋から出始める。
でも、この秋には出なかった。
それが今頃になって……。

 

 

新しい榾木から最初に出てくる椎茸は、元気いっぱい。
ぴかぴかの初物最高級品だ。
アンコールのウォーミングシェルフで溶かして、パスタの具にして食べた。
大変美味しかった。
残りのそれは、ウォーミングシェルフの上でたちまち乾燥椎茸になった。

 

 

Thank you for your Christmas gift.
我が庭は、神に祝福されている。
A Merry Christmas.
わたしは、クリスチャンじゃないけど……。

汎神論者の国に生まれてきてよかった。
そうじゃない人たちも多くいるんだろうが、ともあれ、我が祖国に宗教対立がほとんど無いことをみんなで歓ぼう。

 

 

汎神論は安気だ。
エリアの街道をドライブしていると、田圃の真ん中に何十トンもの大きな岩がある。昔、八ヶ岳が噴火したときの凄い土石流が運んできたんだろう。
その岩には、しめ縄が飾られている。
耕作のためには邪魔なんだが、どうにもなんない……。 

「ならば、拝んでしまおう!」
アニミズムが宗教の起源だ。
この国におわします八百万の神様にキープ・オン・スマイリング! 神仏習合に万歳!
万教同源。神や仏の違いを諍い事の口実にすることなかれ。

 

 

冬至はすぎた。
お天道様が子午線を登りはじめた。
天体的にいえば、冬は終わりを告げたんだ。
これからは、毎日日の出が1分早くなり、日没も1分遅くなる。
日差しが高くなっていく。その分、大地が温まっていく。
夏はもうはじまっているんだ。
実際の冬は、これから厳しいものになっていく。
だがそれは、天体と北半球の気温のタイムラグにすぎない。

暗くて深い12月は終わろうとしている。
これからは、日差しが明るくなっていく。
アパレル業界の冬物商戦はここまで。ご愁傷様。
これからしばらくは、アフター・クリスマスの冬物バーゲンセール!
日毎に、その値引き率は跳ね上がっていくだろう。
お正月休みが終わったら、軽井沢のショッピングモールへ出向こうと思っている
L.L.Beanのアウトレットストアーで、妻とパワーショッピングだ(笑)。

 

 

みんなも、訪日チャイニーズのパワーショッピングに負けるな。
ただし、安物には手を出さないこと。
安物買いは、金持ちの特権だ。
我々ワーキングクラスは、ロングライフな高級品を買うべきである。
1万円のシャツは千円のシャツより20倍くらい長寿だからだ。
着飾り屋の金持ち婦人は、ファッションの着せ替えマネキンにすぎない。
着古して自分の身体に馴染んだ衣類を身に纏う快適さを、彼女たちは一生味わうことができない。
 
わたしが女子なら、ソーイングが好きになっていたと思う。
子供の頃、家にあった足踏みミシンを動かすのが好きだった。
それを見ていた姉が「男のくせに……」と言って弟を揶揄した。
で、ソーイングは諦めて盆栽作りに精を出した。
今にして思えば、姉は愚かだったよね。
裁縫に興味を持った弟をおだてて、自分の衣類をお直しさせるべきだったのに。

 

 

幸いなことに、妻はソーイングが好きだ。
彼女の自慢は、40年前に買ったスイスメイドの小型電動ミシン“elna”。
母親が裁縫好きなこともあって、歳をとるに従って自分も熱心になったみたいだ。
「昔の生地は高級なのよ……」そう言って、
古い衣類を手直しては、嬉そうに着ている。
わたしの衣類のお直しを心良く引き受けてくれる。
この家のカーテンは、夏物も冬物もすべて彼女が縫った。
わたしは得意な木工で、カーテンレールを作った。

妻の職業はブックメーカー(単行本編集者)。
編集業と裁縫は似ているように思える。
だったら、物書きは布地メーカーといったところかな。

わたしは、そんな彼女をおだててサポートする。
彼女のミシンが歌い出せば、食事の支度はわたしがなす。
きみも、自分の妻と子供を裁縫好きにしたまえ。
おだててサポートして深みに誘い込むんだ。
裁縫に興じる妻を持つことは、夫の誇りであり便利である。

 

 

妻に、1冊の書物をクリスマスプレゼントしたところだ。
MERCHANT & MILLS   SEWING BOOK
(COLLINS & BROWN 刊 www.anovabooks.com )
綺麗な上製本。
付録に2種類の型紙が付いている。
この本の裏表紙にはこう書いている。

「KEEP IT SIMPLE AND DO IT WEEL 」
No shortcuts. No cheating. Just old-fashioned sewing
手抜きをするな。誤魔化そうとするな。古き良き裁縫であれ。

人生もまた、この言葉のようであれば……と思う。

 

Photoes by Yoshio Tabuchi
 

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隔月連載。次回の更新は2月下旬です。

     
 

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