田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

仙人になろう

“いすゞ”の6輪駆動6トントラック“ロッキー”が、丸太を満載してやって来た。
ペルシャ湾からではなくて、村の林野から薪エネルギーが届いたんだ。

ロッキーに積まれた丸太の荷下ろしは豪快!
太いワイヤーが丸太の山の真ん中を束ねている。
トラックのリアーゲートが開放される。
トラックが5〜6メートル前進する。
それから、ゆっくり後進してブレーキが掛けられる。
束ねられた丸太がブレーキのショックで後方に動く。
もう一度、前進。そして、後進してブレーキ!

 

 

すると、束ねられた丸太の山が荷台からずり落ちていく。
その反動でロッキーのボンネットが浮き上がる。
で、荷台が後方に傾くので、丸太の山がドサッと荷台から滑り落ちる。
トラックがゆっくりと前進する。
まだ荷台に滑り残っていたそれが地面に落ちる。

丸太を束ねているワイヤーのロックを外す。
ワイヤーを牽引フックに掛けて、トラックが前進してそれを回収する。
この間に要する時間は30分足らず。

 

 

わたしは、ありがとうの言葉とサイダーの缶詰と煙草賃をさしだす。
年老いてなお現役やってる無口な樵のおじさんと、
年老いた青いロッキーが帰っていく。
この光景がとわにつづくことを祈りながら、わたしはその後ろ姿を見送る。
 
山の老兵と、林業用6輪駆動6トンボンネットトラック“いすゞロッキー”を祝福せよ!

 

 

霧はやがて雨にかわり、雨が紅葉の紅を染めている……。
丸太の山をうっとりとした気持ちで見上げる。
この度のそれは、すべて村のミズナラ(楢=オーク)だ。
容積にして10立米以上かな。
その値段? それは秘密! 個人情報と言ったところかな。
30年来の知り合いである林業者から、原木を購入している。
そうでなければ、このように高級な丸太は届かない。
わたしが購入している薪エネルギーには定価も相場もない。
そのコストは、人と人とのつながりとしてある。

 
コールドマウンテン・ボーイズのみなさん!
今年はいつにも増して楽しい薪作りパーティーやりましょう。
わたし、アウトドア・クッキングの達人を招聘(しょうへい)します。
その食材も高級なモノにします。
わたしはビール党ですが、シャンパンも用意しましょう。
メインディッシュはパエリアで如何?
達人が大きなダッチオーブンでクッキングしてくれますから。

 

 

今年は、寒くならない内に開催致しましょう。
落葉がすんだ直後の小春日和の週末なら、言うことなし。
いつもは一泊二日の薪作りの集いですが、
この度は二泊三日でのんびりやりたいな。
庭のキャビンには赤いイントレピットが入りました。
コールドマウンテン・ボーイズのみなさん、
寒山の晩秋をゆっくりしていって下さい。

 

 

みなさん! 面白いことを考えて、楽しいことをしましょう。
金融資本主義者達の悪行から遠く離れて、
我々は我々の人生を秘密裏に楽しみましょう。
原発なんてどうとでもなれ。
わたしは、「原発はだめだ!」と言いつづけてきた。
そんなタブチをみんなは笑った。 

今から31年前の秋に、この家に引っ越してきた日に、
居間の窓ガラスに“NO NUKES” のステッカーを貼り付けた。
わたしがこの家に運び込んだ最初のホームファーニッシングは、
台湾メイドの薪ストーブだった。

 

 

チェルノブイリ原発事故による放射能汚染指定区域は、我が日本列島に匹敵する。
放射能の除去なんてあり得ない。
その場所をほんのすこし移動しているにすぎない。
メルトダウンした原子炉の冷却汚染水は永遠に増えつづける。
アメリカ西海岸のマグロから、微妙だがフクシマのセシュウムが検出された。

どうにもならないさ。
地方行政から国政にいたるまで、
この世の政治に関わる者達は誰もが嘘つきな無責任者だ。
パリ大学の先生やってる知り合いが帰国して、
「フランスも同じよ」と言ってた。

 

 

わたしたちが思っているよりも、今はよくない時代だと感じている。
経済のグローバリゼイションとは、
金融資本主義者による地球規模的植民地化のことである。
わたしは、キリスト教的原理主義者の哲学書を読んだことがある。
それは、アジア人には到底受け入れがたい憂鬱で恐ろしい書物だ。
今にして思うのだけど、アメリカのネオコンとかティーパーティーの輩は、
このような書物を教科書としているんだ。
それは、終末論を前提とした西欧文化至上主義者の書物だった。

 

 

わたしの頭脳は単純なので、物事を単純化する原理主義に傾く傾向にある。
しかし、わたしはアイロニーカル(皮肉)な笑い好きなので、
悲観論や終末論は好きになれない。
自分は悲観的楽観主義者であり、原理的修正主義者だ。

原理主義者は修正主義(revisionism)を批判する。
だが、木工を30年近く嗜んでみれば、
物作りの現場はいかにスマートに修正するかということなしには成り立たない。
大切なこと! それは原理(理想)と修正(現実)のバランスなのではなかろうか。

バランスが全てだ!
我が惑星には、その誕生期に巨大な隕石が激突した。
で、地球の地軸は傾いた。
その後、月の引力が地軸の傾きを23,5度に固定化した。
だから、この惑星には四季がある。
月は地球の周りをぐるぐる回っているんじゃない。
地球と月は絶妙なバランスを保ちながら、
手に手を取り合って我らが銀河をランデブーしているんだ。

 

  
人生もまた、夢と現(うつつ)のバランスとしてある。
憂しと見しこの世の現が憂鬱でなものであればあるほど、
人は何か面白いこと楽しい夢を生きて、そのバランスを保たなければならない。
今はね、憂鬱な現が楽しい夢を凌駕している時代だ。

では、どうしたらいいんだろうか? 
現は現だ。なるようになるさ。
金融資本主義者の夢なんて、下劣なもんだよ。
みんなで、笑ってしまおう。

革命を夢見るのはロマンチックかもしれないが、
その夢の後先はいつも憂鬱じゃないか。
それよりも、何か面白いこと楽しいことをこっそりと楽しもう。
パソコンのネズミと遊んだり、スマホのモニタースクリーンを指で撫でているよりも、森で枯れ枝を拾い集めて焚き火の炎を見ていたい……
そう思っているんなら、今すぐそうすべきなんだ。

 

 

きみが街に住んでて、自然が恋しいなら、
週末遊牧民になることをすすめる。
何処か森の片隅に小さな家を建てよう。
電気も水道もいらない。
そんな土地なら、何処にでもある。
買ってしまってもいいし、借りてもいい。

 
Less is more. 森の小さな家にはなにもいらない。
オイルランプと小さな薪ストーブがあればね。
そこで、なにをするのかって?
馬鹿だなー、NHK みたいな質問すんなよ。
なんにもしないんだよ。
枯れ枝拾い集めて薪ストーブ焚いて、暖かいなー。
夜になったらオイルランプの黄色い焔みつめて、
ガールフレンドとうっとりしてればそれでいいんだ。
二人で仙人やるんだよ!

そんな夢のための楽しい本を紹介しておきましょう。
TINY HOMES  Sinple Shelter  Lloyd Kahn
著版元は、www.shelterpub.com

       

 

Photoes by Yoshio Tabuchi

 

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〈ファイヤーサイドよりお知らせ〉
9月より「森からの便り」の全エッセイが隔月連載となりました。
田渕義雄『きみがいなければ生きていけない』の次回更新は12月下旬です。

 

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