田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

薪ストーブの哲学的武装と薪コミュニケーション

真冬日がつづいた。
寒暖計の赤柱は毎朝氷点下20度℃を目指した……。
ブリザードが吹いてロマンチックな寒山の冬景色だが、なんだか疲れた。
わたし、冬に飽きたみたい。

キャビンフィーヴァー(cabin fever) の季節だ。
来る日来る日を家に閉じ込められているので、なんだか熱っぽくなってきた。
どこか暖かい海辺の町でも訪ねて、新鮮な魚を食べたい。
でも、それができない。
終日家を空けてしまえば、その後が大事になるかも知れないからだ。

わたしは今、自分の家の奴隷だ。
「わたしがこの家を所有しているんじゃなくて、
この家に自分が所有されている!」と感じる。

 

 

キャビンフィーバーの発熱は、妄想に駆られるという症状を呈する。
その多くは、春になってしまえば笑える誇大妄想にすぎないのだが、
それでも熱にうなされた記憶は残る。

だから、こんな時節には高踏な勉強をしてみるのがいい。
で、わたし哲学的なことを思ってみました。
一緒に勉強しましょう。

それは、vernacular という今日的な言葉についてです。
何故なら、“優れてヴァナキュラーなもの”として薪ストーブを捉えることができるからです。
 
vernacular 形容詞(又は名詞)
1.(言語が)その土地固有の
2.土地の言葉で書かれている;土地言葉を用いる 
3.一般庶民の日常語を用いる
4.(建築様式などが)その土地固有の
5.(動植物名が)通称[俗称]の
6.風土性

小学館の英和辞典にはこう書いているが、難しい単語といえる。
ヴァナキュラーな会話(方言)を楽しんでいる人たちが使う言葉とはいえない(笑)。

 

 

わたしがヴァナキュラーという言葉を知ったのは、
イヴァン・イリイチ(Ivan Illich) の著作からだった。
イリイチはカトリックの神父だったが、教会から離脱。
哲学者、社会評論家、文明批評家。
またラディカルな現代産業批判家。

イリイチは、グローバル化に対抗するキーワードとしてヴァナキュラーという言葉を拡大解釈し、この言語の意味を哲学的に深化させた。

心ある建築家が、ヴァナキュラーという言葉に注目している。
それは、地域地域に根ざした現地調達形の民家や建築こそが、
本来あるべき姿だという理念からきている。
それは、均一的な大量物流の産物としての“家”へのNO であり、
その対抗として“ヴァナキュラーな家“を目指そうということだ。

 

 

家は、そこに住まう者のためにある。
その家が建つ地域もそこに住む人たちも、それぞれに個性的なのだから、
家もまたそれぞれに個性的であるべきだ。
また家は、それぞれの環境と調和し、環境に優しい環境調整装置としてあるべきだ。
 
座右の書である“ウォールデン、森の生活”のなかで、ソローはこう書いている。
「鳥が自分の巣を作るときには歌を歌うように、
人が自分の家を自分の手で造ろうとするなら、
必ずや詩的才能が発揮されるだろう」
 
自己宣伝になるので気が引けるが、
わたしの“森暮らしの家”という本は、書店で建築書の書棚に置かれて、
それなりに財政的成功を収めることができた。
また、ネットの古本サイトで、そのオリジナル版は高値を呼んでいるという。
それは、この本の家が“ヴァナキュラーな家”として評価された結果なのだと、今になってわかった。

 

 

さて、本題に入ろう。
この項で、わたしが伝えたいことは、こういうことです。
「薪ストーブは優れてヴァナキュラーである。
それは、ヴァナキュラーな世界や文明や文化を象徴的に具現化した物としある。
つまり、この時代における薪ストーブは、ヴァナキュラーなヴィジョンとしてある」ということです。

「グローバルに考えて、ローカリーに行動しなさい!」。
それが、21世紀的賢者の教えだ。
カナダの社会学者が、Global Village という言葉を造語した。
通信手段の発達で世界が狭くなった。
で、かえって人々が村落帰属意識を持つようになった世界をそういう。

 

 

経済活動がグローバル化されればされるほど、
世界はその混迷の度を深めていくように思える。
ヨーロッパのユーロ化は、ヨーロッパ諸国に幸福をもたらしているのだろうか。
クロアチアは、まだユーロに加盟していない。

「ユーロに加盟すれば、ホームメイドの酒造りが非合法になる。
そんな世界は認めない!」。
老人たちがそう言って、加盟か否かの国民投票でNO だからだ。

旧ユーゴスラビア時代に、クロアチアの高原で鱒釣りを楽しんだことがある。
その折り、何処へ行ってもホームメイドのプラム・リキュールとワインを村人から振るまわれた。
そういえば、わたしが滞在した村の家のキッチンには、
どの家にも可愛い薪焚きのキッチンストーブがあった。
クロアチアのガツカは、“我が心の美しい村”としてある。

北イタリアの山村に住んで、
秋にはトリュフを食べてヴァナキュラーな暮らしを楽しんでいる人たちは、
「ユーロなんてどうとでもなれ!」と思っているんじゃないだろうか?

 

 

ヴァナキュラーな世界を共有するためには、
ヴァナキュラーなコミュニケーションが必要だ。
中央集権的なマスコミュニケーションは駄目です。心が伝わらない。
さりとて、方言には色々あって、
異なった方言と方言でのコミュニケーションは難しい。

でも、大丈夫!
ヴァナキュラーな共通語を共有して、
心と心を通わせることができるコミュニケーションの手段が我々にはある。
それを、薪コミュニケーション、またはマキコミという。

 

 

ヴァナキュラーな世界の中枢にある薪ストーブを巡って、
我々のエネルギーである薪談義に興じることで、
一晩でも二晩でも我々は語り明かすことができる。

祖国の林野のこと、樹木のこと、木の国の木の家のこと、
国内材や村内材で作られた家具や工芸品のこと。
そして、生き生きとして陽気なグローバル・ヴィレッジのヴィジョンについて。
 
エコロジカリーで、convivial(陽気で生き生きとして友好的)な世界を共有するためのヴァナキュラーな情報手段。
そして、薪ストーブの哲学的武装をより強固なものに深化させていく場。
それが、薪コミュニケーションである。

 
Photoes by Yoshio Tabuchi

 

 

【講演会のお知らせ】
3月3日、石川県白山市の市民フォーラムにて
「薪を楽しむ」をテーマに田渕氏の講演会が開催されます。
講演後にはパネルディスカッション、さらに交流会も予定されています。
お近くの皆さま、ぜひお出かけください。

「白山しらみね薪の会」設立記念
エネルギーの地産地消を考える市民フォーラム
~薪を楽しみ 白山の森と里を元気に!~ 

日 時:平成25年3月3日(日)10:00~14:00
会 場:白山市鶴来公民館(白山市鶴来本町3丁目ル−18−2)
定 員:100名
参加費:無料(交流会参加者はお弁当代¥800)

参加申込・お問合せ:NPO法人白山しらみね自然学校 
電話・FAX:(076)259-2191 または E-mail:info@ns-shiramine.com

詳細はコチラ

 

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