田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

アマゾンの少数部族と、猫と小鳥とアンコール

幸せってなんだろう? 
そう問われて、自分の幸せを単純かつ具体的に即答できる人は幸せといえる。
では、自分はどうなんだろうか?
自分は、なまじ哲学の勉強なんかをしてしまったことがあるので、
黙ってしまうだろう。
それでも、何か返答しろ! と、請われれば、こう言ってしまうかもしれない。
「幸福とは、欠如である存在のことだ」と。

 

 

わたしって、馬鹿よね。素直じゃない。捻くれてる。
実存的孤独という言葉が今も好きだ。
でも、それがタブチ君の個性なんです。
盆栽と昆虫採集と魚釣りが好きな子供にしてみれば、
孤独がいちばん仲のいい友達だったんです。

でも、この子供には自然趣味があった。
自然は、誰にでも分け隔てがない。自然はリベラルである。
この子供は、けっこう幸せだった。
春の朝、目を覚まして先ず思うこと、
それはギフチョウがカタクリの花のそばで舞っている姿だった。

 

 

不思議な詩を紹介しましょう。

 一日 草はしゃべるだけ
 一日 空は騒ぐだけ
 日なたへ ひかげへすぎてゆくと
 ああ 花 いろとにおひとかがやきと

 むかしむかし そのむかし
 子供は 花のなかにゐた
 しあわせばかり 歌ばかり
 子供は とほく旅に出た

 かすかに揺れる木のなかへ
 忘れてしまった木のなかへ
 やさしく やさしく笑ひながら

 そよぎながら ためらいながら
 ひねもす 梢を移るだけ
 ひねもす 空に消えるだけ

 (立原道造 風のうたった歌 その一)

 
詩の言葉は、コード(暗号)としてある。
それは、解読ソフトのないコードだ。
だから、詩は理解しようとしてはいけない。
詩は、感受性にうったえるものだ。

 

 

アマゾンの奥地で暮らす少数部族のドキュメンタリーを見た。
興味深い番組だった。
布教活動のために30年間彼ら彼女らと生活を共にした
牧師の物語として構成されている。
この少数部族と生活を共にして、牧師は宗教者であることに疑問を抱くようになる。
それは、こういう疑問だった。
「幸福な人たちにとっては、信仰も神も必要ないのではなかろう?」。
そして、牧師は信仰を捨て神と決別する。
牧師が無神論を布教されてしまったんだ。

 「この小数部族の人たちにとっては、昨日も明日もどうでもいいのだ」。
と、ドキュメンタリーは報告している。
みんなは、今日を生きている。
森にはいろんな食べ物が潤沢にあるし、川には魚が溢れている。
昨日は過ぎた日。明日は森か川へ。
で、この人たちには幸せばかり、歌ばかりがある。

豊かさって何だろうか?
幸せと豊かさとは、どういう関係にあるんだろうか?
「人は、手を付けずにとっておけるものの量に比例して富んでいる。
幸せとは、そういう状況と文化を享受しながら、今日を楽しく暮らすことだ……」。アマゾンの奥地で暮らす少数部族は、われわれにそう問いかけている。

 

 

野ネコの母娘がこの家と庭に居着いて、2年になろうとしている。
一昨年の2月、野ネコが小鳥の餌台の側でうずくまっていた。
食事の食べ残しを差し出したら、この家に通うようになった。
ある日、What are your name? と訊ねたら、Me? と応えた。
で、”“ミー”という名前になった。
やがて、家の中にも入るようになった。
しかし、夕暮れになるとどこかへ帰っていった。

5月になったある日、2匹の子猫を連れてきた。
2匹とも雌だった。
母ネコと2匹の娘はこの家で暮らすようになった。
娘には、サリとサラと名付けた。
猫には興味がなかったはずの妻が、猫を猫可愛がりするようになった。
3匹の猫を隣町の動物病院に連れて行って、不妊手術してもらった。
サリは、この夏ふっらとこの家を出て、そのまま帰ってこない。
 

猫は自由な生き物だ。
ミーとサラには昨日も明日もない。
今日を自由気ままに暮らすだけだ。
猫は飼い主の顔色をうかがったりしない。
その日一日を我が儘に快適に暮らす。

庭で遊んで体が冷えれば、アンコールの底にもぐり込む。
そして、耐えられなくなるほど体が暖まると、
ソファーや妻の寝室の毛布に脚を投げ出して眠る。

 

 

われわれは、なにゆえに明日をのみ思い煩っているんだろうか?
われわれは、なにゆえに生き急いでいるのだろうか?
われわれは、なにゆえにかくも凄まじい変化を求めるのだろうか?
われわれは、何処へ行くのかも考えずに……もの凄いスピードで走り回っている。

結局、われわれは欲張りなんだ!
誰もが今、欲張りな専制君主のように振る舞おうとしている。
欲張りの裏側はケチ。
強欲と吝嗇(りんしょく)はセット。

窓辺の餌台に、小鳥たちが次々と飛来している。
いつになく厳しい冬を迎えているから、ヒマワリの種代がかさむだろう。
ミーとサラの缶詰代もかさむ。
昨日まで野猫だったくせして、今ではわれわれの食べ残しを嫌がる。
そして、この冬のアンコールは、いつになく食欲旺盛!

 

 

いいさ、猫と小鳥とアンコールは、この家の高性能ディスクブレーキだ。
猫と小鳥の餌台なんて知れてる。
薪用の丸太なら、いくらだってある。
ここは、林野に囲まれた山里。
気前よく、どんどん燃やしてしまおう。
 
みなさん、野ネコを可愛がりましょう。
みなさん、小鳥を庭に呼びましょう。
みなさん、薪ストーブに薪をじゃんじゃんくべましょう。
室温を30度まで上げてしまいましょう。
そして、節電を笑ってしまおう!

外は木枯らし。
昼下がりだというのに、外気は氷点下8度。
薪ストーブっていいな。
猫も小鳥も可愛いな。

 

 

明日を思い煩ったって何の得もない。
ミーとサラがそういう顔をしている。
シジュウカラとコガラとゴジュウカラとヤマガラが、
「今日もヒマワリの種をありがとう」と言ってる。
アンコールが、真っ赤な顔して笑ってる。

みなさん、アマゾンの少数部族のように…
Keep on smiling.
and have a Happy New Year!

 

Photoes by Yoshio Tabuchi

 

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内