シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

笹ハウス炎上

若き茅葺き職人のHリーが製作した笹ハウス
その出来栄えは素晴らしく、竪穴式住居のイオワイン樽ハウスにひけをとらない。

カフェ『チームシェルパ』に来たゲストは、
それぞれに個性的な3つの建物で遊んでもらいたい。
そう思っていたのだが、Hリーがとんでもないことを言い出した。
「笹ハウスを燃やしちゃいたいんですよ」
「エーッ! どうして?」
「内部がちょっとカビ臭いんですよ。
材料を採る時期も屋根を葺く時期もよくなかったんですね。
葉が水分を含んだ状態で作業をしたことが失敗だったと思います」

だからといって、燃やすことはないだろう。
たとえ失敗作だとしても、笹ハウスはHリーが自宅を建てるための実験的小屋だったんだから、あのままにしてどう朽ちるか、耐久性をチェックすべきなんじゃないのか。
わが庭の風景に溶け込んでいたこともあり、僕は反対したが、Hリーは聞く耳を持たなかった。

「笹ハウスの材料はすべて生きていたものたちです。
自然からいただいた尊いものたちだから、大切に使わなくてはいけません。
それなのに自分がいたらなかったせいで、上手く使ってやることができませんでした。
申し訳ないことをしました。
あのまま朽ちさせるのではなく、
火をつけて燃やしてなるべく早く土に還すことが礼儀ではないかと思うんです」

面倒くさい男だ。でも、筋は通っている。
陶芸家が失敗作を割って壊すのとは、意味合いが違う。
燃やして土に還してやることが自然素材を使って仕事をしている彼の流儀なら、その意見を尊重しよう。

僕も妻も賛同したが、だからと言ってすんなり燃やすわけにはいかない。
乾燥した笹の束に火をつけたら、かなりの炎が上がるはずだ。
冬場の乾燥した状態で燃やすと火事を引き起こす可能性がある。
「雪が積もったら燃やしましょう」という結論になり、その日を待つことにした。

そして待望の雪が積もった冬の夕暮れ。
笹ハウスとお別れする時がやって来た。
昼間ではなく、日が暮れてから燃やすことにしたのは、そのほうが美しいからである。
このイベントに立ち会ったのは、僕ら夫婦と当コラムのイラストを担当している華ちゃん。それにカフェ『チームシェルパ』の常連でもある小学校高学年の少年と少女だ。

まずはHリーが笹ハウスに入り込んで、最後の焚き火をはじめた。
彼なりの儀式かもしれない。
焚き火が一段落したところで、Hリーは笹ハウスの内部に着火した。
炎が天井から出て、雪景色に笹ハウスがオレンジ色に浮かぶ。
「わー、きれい!」と歓声が上がった。

しかし「きれい」と思っていられたのは最初の1分程度だった。
炎は一気に大きくなり、天井を燃え尽くして吹き上がった。
ものすごい火力!
笹ハウスは下が広くて上部がすぼまっているから、
空気をたっぷり吸い込んで排出する煙突効果もあるのだろう。
トルネードのように炎が渦巻き、炎の高さは5m以上に燃え上がった。

ちょっと、やばいかな‥‥。
こんなに大きな炎が上がるとは思わなかった。
熱量もすごいし、明るい。
周囲は雪が積もっているから延焼の心配はないだろうが、
あまりの大きさに僕らは度肝を抜かれた。

「Hリー! 雪をかけよう」
僕とHリーは用意しておいたスコップで雪をかけて火を抑えることにした。
しかし、怪物のような炎はスコップの雪なんてものともしない。
かけた雪がたちまち蒸気となって噴き上がる。

おもしろい!
アドレナリンが出ている気がする。
不謹慎かもしれないけど、祭りで神輿を担ぐ男衆に通じる興奮状態にあった。
わがライフスタイルは火と暮らすことで成り立っているが、
こんな火と接する機会はなかなかない。炎の祭典といってもいいだろう。

雪かけが一段落したところで振り向くと、少年と少女が立ちすくんでいた。
ふたりはわがカフェによく来て、しょっちゅう焚き火をしている。
いつもはうるさいくらいのおしゃべりなのに、一言もしゃべらず、
目が点になって炎を見つめている姿がおかしかった。
炎は人を黙らせるパワーもあるのだ。
燃やすとはいえ、焚き火と火事はまったく別物であることを体感したことだろう。

妻は炎上の一部始終を動画で撮っていたが、
その動画をブログに載せたら「けしからん!」「危険だ!」というコメントが多数寄せられて、そっちも炎上するだろう。

笹ハウスはきれいに燃えた。
笹が燃え尽きた後はフレームの木が残ったが、フレームは内側を向いているので、
お互いが支え合い、そして最後は倒れて熾き火となった。
「すばらしい!」
巨大な炎から熾き火になるまで10分程度しかかかっていない。
半端でない燃え方が潔くて心地いい。

そして北海道のアイヌ民族資料館で知った話を思い出した。
かつてアイヌたちは茅葺き木造のチセと呼ばれる家屋に住んでいたが、老女が亡くなると遺体を土葬した後に、故人の持ち物とともにチセを燃やしていたという。
女性一人の力では、あの世で家を建てることができないからチセを燃やして老女のもとへ送っていた、とのことだ。
燃え尽きる笹ハウスの焚き火を眺めて、これでよかったんだな、と清々しさを感じた。

その翌朝、気温が冷え込み、灰と炭になった笹ハウスが芸術的な美しさを披露した。
Hリーもやって来て、その美しさに感動していた。
「このまま片付けずに置いてもらいたいな」と相変わらず面倒くさいことをいうが、風が吹けば灰は舞い、炭は土にまみれ、春が来れば草も増えて自然の状態に戻るだろう。
「おもしろかったですね。またつくりたいですね。
燃やすためにつくるっていいじゃないですか」

燃やすためにつくる‥‥。
たしかにおもしろい。
みんなで自然の材料を集めて小屋をつくって、最後は燃やして土に還す。
そんなワークショップのイベントを手掛けてみようかな、と思った。

Photo:シェルパ斉藤
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は5月下旬です。

 



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