シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

今年の冬もここで火とともに

雑誌の取材で東北の山を旅した。
僕のお気に入りのロングトレイルを紹介する連載企画で、アメリカ人バックパッカーと彼のガールフレンド、それにカメラマンを率いて、岩手山の北西部に連なる裏岩手連峰縦走コースを4日間かけて歩いた。

なだらかな山並みが続いて歩きやすいこのルートを、僕は『みちのく温泉トレイル』と名づけている。
南の乳頭温泉にはじまり、滝ノ上温泉、松川温泉、藤七温泉、大深温泉、蒸ノ湯温泉、後生掛温泉、そして玉川温泉というように名湯が点在しており、ほぼ毎日温泉に入ることができるのだ。

魅力は温泉だけではない。このトレイルはテントを背負って歩く必要がない。
適度な場所に山小屋が建てられており、登山者は無料で宿泊することができる。
どの山小屋も立派な建物で、避難小屋とは思えないレベルなのだが、なかでも秀逸なのは三ツ石山荘と八幡平にある陵雲荘だ。
三ツ石山荘にはペレットストーブがあり、陵雲荘には鋳物の薪ストーブが設置されているのだ。

三ツ石山荘は燃料のペレットも薪もなかったので利用できなかったが、陵雲荘には野地板らしき廃材が室内に積まれていた。
すぐに燃え尽きてしまうから薪としては良質とはいえないが、見ず知らずの登山者のためにここまで運び上げた地元の人々のおもてなしの心がうれしい。
雨が降り続いてびしょ濡れだったため、ありがたく使わせてもらうことにした。

着火剤の類もなく、廃材を割く斧も鉈もないけど、
薪ストーブの扱いは慣れているからどうにでもなる。
小屋の隅に捨てられていた段ボールの切れ端を千切って焚き付けにして一発で着火したら、「Good Job!」と仲間に褒められた。

炎が安定して薪ストーブの表面がほんのりと温まってくると、みんなが笑顔になる。
体も心も温まる薪ストーブだけど、冷たい秋の雨に打たれて山を歩き続けたあとの薪ストーブは格別だ。
薪ストーブを囲んで食事をつくり、持参した酒を温めて寛いだが、
薪ストーブは人々を幸せにするツールだとあらためて思ったし、
薪を運んでくれた人々への感謝の気持ちも芽生えた。
さらに旅のアイデアも浮かんだ。

春になって八幡平アスピーテラインが開通したら『シェルパの恩返し旅』と題して、
我が家の良質の薪をこの山小屋に運びあげる旅をしようと思う。

東北の旅から帰った僕は、わが薪ストーブの準備に入った。
薪ストーブ使用前の恒例儀式ともいうべき煙突掃除をして(今年も煤はあまり付着していなかった)、薪ストーブ内部の灰をすべて取りのぞいてきれいにしてから火をつけた。

試運転の初日は短時間の燃焼を心がけている。
炉内が高温になりすぎないように、細めの薪を少なめに燃焼させる。
エンジンでいうアイドリング状態だけにとどめておくのだ。
炎が安定したところで外に出て屋根の煙突を眺めたら、
微かな煙が青空に吸い込まれていた。
それは「今年の冬もここで火とともに暮らします」と、
天に向けて告げているサインのように僕には思えるのだ。

今シーズンも薪は潤沢に備蓄されているが、
焚き付けに適した建築廃材も大量に手に入った。
わが町には、広島県尾道市の『オカネイラズ尾道』を参考に立ち上げた『オカネイラズ北杜』がある。
「使わない物は、使いたい人に。住んでない家は、住みたい人に。
生活を豊かにするアイデアは、みんなで」をモットーに、情報を共有して地域の物々交換や物労交換をスムーズに行なおうというネットワークだ。

その『オカネイラズ北杜』に近所の大工、Oさんから「薪ストーブ焚き付け用建築廃材 SPF材。T西小学校の南の倉庫に取りに来てくださる方」という書き込みがあった。
妻が名乗りをあげたら「シェルパさんちならすぐ近くだから、軽トラで運びますよ」と返事があり、Oさんは軽トラの荷台満載の建築廃材をわが家に運んできてくれた。

工務店にとってはゴミであり、処分するのにお金も手間もかかるから引き取ってもらえるのはありがたいとOさんはいう。
いや、いや、ありがたいのこっちのほうだ。
うちは小型も含めて薪ストーブが3台、庭とデッキにファイヤープレイス、それにかまどや五右衛門風、竪穴式住居など、薪を使うアイテムがたくさんある。
最近は週に1度、学校帰りの児童たちを受け入れる『放課後シェルパクラブ』を結成して、子供たちが自由に焚き火をできる場もドッグランに作ったから焚き付けがあり過ぎて困ることはない。

建築廃材を焚き付けにする時に活躍するのは、キンドリングクラッカーだ。
『放課後シェルパクラブ』では小学生に焚き火をさせているが、ハンドアックスをよその子に手渡すことには抵抗がある。
でも、キンドリングクラッカーなら小学生でも簡単、かつ安全に廃材を割ることができる。

近所の小学生が張り切って焚き付けをたくさん作ってくれたものだから、
そのおこぼれをわが薪ストーブでも使うことにした。
まずは庭に溜まった枯れ葉を薪ストーブに入れ、
森で集めた細い枯れ枝をその上に被せる。
そして端材の焚き付けを重ねて置いたら、着火の準備完了。
マッチ1本で炎が上がって、着火する。

煙突掃除も試運転も終わったから、今日からは通常運転だ。
わが薪ストーブは手動でダンパーを閉じるタイプだが、
その閉じるタイミングの目安になっているのがうちのネコ、ポノだ。
このコはわが家の特等席を知っている。
薪ストーブが温まってくるとひょっこり現れて、薪ストーブの前に居座る。
薪ストーブが温まるにつれてリラックスして、最後は仰向けになって寝転ぶ。

その姿は実際の温度以上の温かみを提供してくれる。
今年の冬も僕らは薪ストーブとポノを眺めて、ほのぼのとした温かさを楽しむのである。

 

Photo:シェルパ斉藤

*隔月連載。次回の更新は2018年1月下旬です。

 

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内